最後に誉めるもの

川崎 徹

定価(税込):1,890円

記憶と現在が融けあう日常

瀧井朝世

 

 日常のただなかにいる自分を形成しているのは、何であろうか。単純にいえば、目に映る光景や手に触れる物質など、五感で知覚するものに反応しての行動と思考が主だろう。その営みの裏側の目に見えない部分、感知しえないところで、人の内側には次第に蓄積されていくものがある。時間の経過とともに幾多の物理的な喪失や記憶の薄らぎがあっても、その層は厚みを増していく。川崎作品を読むと、その"蓄積"を紐解こうとしているように感じられる。CMディレクターとして"現在"の先端を鮮やかに切り取ってきた著者は、小説によって蓄積された過去をとらえようとしている。しかしそれは喪失を取り戻そうとする行為ではなく、「今ここにはない」という形で存在しているものたちを認識する試みのように思われる。
 表題作で具体的な方法が示される。「わたし」は大学の授業で学生たちに「最も古い視覚的記憶を語る」というテーマで発表をさせるのだ。それは〈自分の底に下りて何かを拾ってくること、底に下りて再浮上してくるといった創作に不可欠な作業の存在を気づかせる〉ことで、〈自己の大部分を形成している過去という時間の埋蔵力に目を向けてもらうための試みでもあった〉。
 学生の一人が黒板に、幼少期に住んでいた家の間取り図を書き始める。その場で細部までは再現できないが、「わたし」や他の学生からの質問に回答しているうちに、次第に当時の家族の日常の光景、さらにはその家で起きた不穏な事件や、祖父母の死にも言及されて興味をひく。そこに感化されてか、帰宅した「わたし」も自分の生家の間取り図を作りはじめる。自身の最も古い記憶のひとつ、熱を出して寝ている時に誰かにうながされて窓の外の赤い月を見た、という記憶のある家だ。敗戦翌年に建てられたというその家屋は、何軒かの取り壊される建物の一部を譲り受けてつなぎ合わせて作られたため、正面からの外観は日本家屋、横からのそれは海辺の別荘という統一感のない家だった。記憶を辿るうち、突如十七年前に他界した母が現れて「わたし」に話しかける。彼女の第一声は「井戸があったでしょ、窓のすぐ外に」。死者との会話のなかで、生者である「わたし」の記憶は少しずつ補われていく。
 
 亡母との会話は幻だろう。そこで語られる思い出も、「わたし」のなかで創造、あるいは改竄されたものだろう。しかしそれでかまわないのだ。「わたし」は、過去の事実を正確に再現することに執着しているわけではないのだから。彼が記憶を辿るのは、それよりも死者と対話するため、とも言える。
〈若い頃わたしの内は自分ひとりの居場所だったが、齢を加えるにつれ、先に逝った者たちで賑わいを増している。〉〈わたしは彼等の生きる場所だった。逝った者たちを生かし続けるためにも、一日でも長く生きなければならないような義務感もある。〉〈否。母は死後も尚、自身の内に祖母を生かしているのだから、わたしの死後も故人たちはわたしの内に居続ける。そう考えてよいのだ。〉
 人はいつしか息を引き取り、肉体は骨だけとなる。「わたし」の母が亡くなり火葬場で焼かれた際、係員が「しっかりしたお骨です」と言うのを聞いて、妹は「骨を誉めてもらってもね」と言い、父親は「もう骨しか誉めるものはないじゃないか」と言う。それが本作のタイトルの意味でもあるのだが、物理的には誉めるものが骨だけになってしまっても、死者はまた違う形で気配を残し続けていく。誰かのなかに居場所を作って、居続ける。そして生者と死者は、ずっと対話し続けていくのだ。
「わたし」の日常を形成しているのは、そうした死者との会話であり、または猫とのやりとりであり、混沌の中から浮かび上がってくる記憶であり、何気なく目にしている光景であり、あるいは幼い頃から抱いているという、人間や動物のプラグがコンセントにつながっているイメージであったりする。つまりはこの中編は著者の日常そのものがつづられているというわけだ。ただし、そこには喪失感から生まれる感傷、郷愁は一切ない。むしろ母の幻との会話や、高飛車な猫エリカサマたちとの会話はどこかとぼけていて、微笑ましい。余分な感情を排し、そこにあるもの、そこに「いる」もしくは「いない」と感じられるものを淡々と書き記すことで、主観的な感慨でそれらを規定することを避け、純度の高い記憶と現在の融合物が作り出されている。
 もうひとつの収録作「日記と周辺」は、母親が入院した際、見舞いの度に記して母親の様子などを伝え合った妹との交換ノートと、後に見つかった母の日記の内容を挿入しながら、日々のなかで「わたし」の胸を去来するもの、家族以外の、過去に亡くなった人々の記憶などがつづられていく。死が迫った母やそれを見守る子どもたちの日記は心揺さぶるものがあるが、そこに現在の私の感情は記されない。ここでも淡々と現在と過去、現実と幻想、生と死のあわいを漂いながら育まれていく「わたし」の日常が、何の脈絡も示されない断片の連なりとなって、小説のなかに残されていく。まさに"日記と周辺"。
 これら二編や、他の川崎作品からも分かるように、混沌とした内側こそ私たちの日常を支配しているものであり、ひとりひとりの人生なのだ。「わたし」の日常を読み進めながら、私の脳裏には、幼い頃の家の記憶、この世界から去った人々の面影といった私的な"蓄積"が立ち上ってき、「わたし」やその周囲の人々の"蓄積"と混ざり合っていくかのように感じられた。読書体験というものも、小説世界とおのれの混沌とした"蓄積"が対話するものだということを、改めて実感させられる。

 日常のただなかにいる自分を形成しているのは、何であろうか。単純にいえば、目に映る光景や手に触れる物質など、五感で知覚するものに反応しての行動と思考が主だろう。その営みの裏側の目に見えない部分、感知しえないところで、人の内側には次第に蓄積されていくものがある。時間の経過とともに幾多の物理的な喪失や記憶の薄らぎがあっても、その層は厚みを増していく。川崎作品を読むと、その"蓄積"を紐解こうとしているように感じられる。CMディレクターとして"現在"の先端を鮮やかに切り取ってきた著者は、小説によって蓄積された過去をとらえようとしている。しかしそれは喪失を取り戻そうとする行為ではなく、「今ここにはない」という形で存在しているものたちを認識する試みのように思われる。

 表題作で具体的な方法が示される。「わたし」は大学の授業で学生たちに「最も古い視覚的記憶を語る」というテーマで発表をさせるのだ。それは〈自分の底に下りて何かを拾ってくること、底に下りて再浮上してくるといった創作に不可欠な作業の存在を気づかせる〉ことで、〈自己の大部分を形成している過去という時間の埋蔵力に目を向けてもらうための試みでもあった〉。

 学生の一人が黒板に、幼少期に住んでいた家の間取り図を書き始める。その場で細部までは再現できないが、「わたし」や他の学生からの質問に回答しているうちに、次第に当時の家族の日常の光景、さらにはその家で起きた不穏な事件や、祖父母の死にも言及されて興味をひく。そこに感化されてか、帰宅した「わたし」も自分の生家の間取り図を作りはじめる。自身の最も古い記憶のひとつ、熱を出して寝ている時に誰かにうながされて窓の外の赤い月を見た、という記憶のある家だ。敗戦翌年に建てられたというその家屋は、何軒かの取り壊される建物の一部を譲り受けてつなぎ合わせて作られたため、正面からの外観は日本家屋、横からのそれは海辺の別荘という統一感のない家だった。記憶を辿るうち、突如十七年前に他界した母が現れて「わたし」に話しかける。彼女の第一声は「井戸があったでしょ、窓のすぐ外に」。死者との会話のなかで、生者である「わたし」の記憶は少しずつ補われていく。

 亡母との会話は幻だろう。そこで語られる思い出も、「わたし」のなかで創造、あるいは改竄されたものだろう。しかしそれでかまわないのだ。「わたし」は、過去の事実を正確に再現することに執着しているわけではないのだから。彼が記憶を辿るのは、それよりも死者と対話するため、とも言える。〈若い頃わたしの内は自分ひとりの居場所だったが、齢を加えるにつれ、先に逝った者たちで賑わいを増している。〉〈わたしは彼等の生きる場所だった。逝った者たちを生かし続けるためにも、一日でも長く生きなければならないような義務感もある。〉〈否。母は死後も尚、自身の内に祖母を生かしているのだから、わたしの死後も故人たちはわたしの内に居続ける。そう考えてよいのだ。〉

 人はいつしか息を引き取り、肉体は骨だけとなる。「わたし」の母が亡くなり火葬場で焼かれた際、係員が「しっかりしたお骨です」と言うのを聞いて、妹は「骨を誉めてもらってもね」と言い、父親は「もう骨しか誉めるものはないじゃないか」と言う。それが本作のタイトルの意味でもあるのだが、物理的には誉めるものが骨だけになってしまっても、死者はまた違う形で気配を残し続けていく。誰かのなかに居場所を作って、居続ける。そして生者と死者は、ずっと対話し続けていくのだ。

「わたし」の日常を形成しているのは、そうした死者との会話であり、または猫とのやりとりであり、混沌の中から浮かび上がってくる記憶であり、何気なく目にしている光景であり、あるいは幼い頃から抱いているという、人間や動物のプラグがコンセントにつながっているイメージであったりする。つまりはこの中編は著者の日常そのものがつづられているというわけだ。ただし、そこには喪失感から生まれる感傷、郷愁は一切ない。むしろ母の幻との会話や、高飛車な猫エリカサマたちとの会話はどこかとぼけていて、微笑ましい。余分な感情を排し、そこにあるもの、そこに「いる」もしくは「いない」と感じられるものを淡々と書き記すことで、主観的な感慨でそれらを規定することを避け、純度の高い記憶と現在の融合物が作り出されている。

 もうひとつの収録作「日記と周辺」は、母親が入院した際、見舞いの度に記して母親の様子などを伝え合った妹との交換ノートと、後に見つかった母の日記の内容を挿入しながら、日々のなかで「わたし」の胸を去来するもの、家族以外の、過去に亡くなった人々の記憶などがつづられていく。死が迫った母やそれを見守る子どもたちの日記は心揺さぶるものがあるが、そこに現在の私の感情は記されない。ここでも淡々と現在と過去、現実と幻想、生と死のあわいを漂いながら育まれていく「わたし」の日常が、何の脈絡も示されない断片の連なりとなって、小説のなかに残されていく。まさに"日記と周辺"。

 これら二編や、他の川崎作品からも分かるように、混沌とした内側こそ私たちの日常を支配しているものであり、ひとりひとりの人生なのだ。「わたし」の日常を読み進めながら、私の脳裏には、幼い頃の家の記憶、この世界から去った人々の面影といった私的な"蓄積"が立ち上ってき、「わたし」やその周囲の人々の"蓄積"と混ざり合っていくかのように感じられた。読書体験というものも、小説世界とおのれの混沌とした"蓄積"が対話するものだということを、改めて実感させられる。