第59回群像新人文学賞には1864篇の応募があり、

青山七恵、高橋源一郎、多和田葉子、辻原登、野崎歓の5氏による

選考の結果、下記のように決定いたしました。

受賞作と受賞の言葉、選評は群像2016年6月号をお読み下さい。

 

【群像新人文学賞 当選作】
「ジニのパズル」
崔 実(チェ・シル)

 1985年9月6日生まれ。

 販売員。

 東京都在住。

崔 実   受賞のことば

 

 あまりにも呆然としていた。最終候補の連絡が来てからは生きた心地がしなかった。初めて担当者の方と会う約束の日は、前の晩から怖くてたまらなかった。顔をあげると、いつの間にか講談社に着いていた。慌てて降りると、Kodanshaではなく、Kudanshitaだった。ため息の中に、まぬけで力ない声がまざった。

 

 この作品を書く前、何者かの悲鳴が聞こえていた。『ここから出して。お願い。息が出来ない』と、声の主はそう叫んでいた。しまいには叫ぶだけでなく、頭蓋骨をかち割ってやろうと、脳ミソの硬膜を叩き始めた。『食道を下って血管の中に侵入し、お前の心臓を食べてやる』と彼女は私を脅した。私は、書き出した。出してやるから、静かにしてくれ、と願いながら。書いている途中、以前、一次予選にも通らなかった群像新人文学賞を思い出した。私にとってのブラックホールだ。書いた物をしっかりと吸い込み、責任を持って消し去ってくれる。ブラックホールへ異物を投げるのは有料で、400円ほどかかったと思う。10月31日の午後4時頃、東京駅近くの郵便局で、うるさかった声の主にしっかり別れを告げ、帰りの電車の中で、ようやくうとうとと眠りについた。私は、彼女と決別した。何を書いたかなんて覚えていなかったし、それで良いはずだった。私とはもう関係のないことなのだから。わざわざ読み返すことも、誰かに読ませることもなかった。

 

 それなのに、一本の電話と共に、彼女はブラックホールから舞い戻って来てしまった。それも、呑気に美味しそうな飴玉を持って。携帯画面に表示された03という市外局番を見た瞬間、レンタルDVDの延滞連絡だと思った。「最終選考だなんて嘘だ」と叫ぶと、電話の相手は優しい声色で少し笑いながら、嘘でもツタヤでもないですよ、と言った。私は、その日の晩から漠然とした不安を抱き続けてきた。

 

 この人生、一体何がどうなっているのか。呪われているのか、恵まれているのか。呪われているのだとすれば、その呪いをかけたのは自分以外の誰でもない。そんなことを考えていると、車内で正面に座っていた男性の帽子に書かれた文が目に止まった。Fear is often greater than the danger. その言葉を背に、私は護国寺駅で降りた。どうせなら、与えられたこの今世、作家として生き抜いてやりたい。ビルの前に立った時には、そう思っていた。


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