肉体について

三浦哲郎

定価(税込):1,890円

「肉体」としての私小説 

富岡幸一郎

「肉体について」は、昨年八月二十九日に七十九歳で逝去した三浦哲郎が、本誌二〇〇四年二月号から七月号まで連載し、その後病いで中絶、以後休載のまま未完となった作品である。連載四年前のノートがその後発見されたが、自分の老いと病いそのものを素材にして作品を構想する、作家の書くことへの徹底した執念がうかがえる。一回分の枚数は僅かではあるが、身体という自分のものでありながら、心の意のままにならない他者との日常を描きつつ、家族や郷里の記憶が時空をこえて展開される長編になったのではないかと予想される。

《朝、目醒めたときには、すでに右足の甲の爪先に近いあたりに燠火(おきび)のような活性の強い痛みが脈打っていた》

フランツ・カフカの『変身』のような冒頭の一行。肉体の異変は、しかし現在の痛覚を通して「遠い記憶」、東北の郷里にいた旧制中学の生徒だった頃、通学の途中で朴歯(ほおば)の下駄を悪路でぐらりと裏返して足首を挫いてしまう「グラッかえり」を想起させる。そしてその治療のために母が作ってくれた「家伝の特効薬」のなつかしい匂いと患部に当てたときの感触がよみがえってくる。

《作り方はごく簡単で、小麦粉を酢で溶(と)き、よく練ったものをガーゼに厚く塗るだけである。これを痛む足首に当てて湿布する。一昼夜ほどすると、湿布は患部の熱を吸い取ってからからに乾き、ひとりでに剥がれる。同時に、痛みも不思議と消えている。もう爪先を地面に突いても、なんともない》

今の自分は朴歯の下駄など履かず、「グラッかえりなどするはずがない」し、そもそも痛むのは足首ではなく、親指の付け根であるにもかかわらず、「私」は妻にかつて母親が作ったのと同じ湿布薬を無理矢理作らせる。痛風に効くはずもないのに……。

さらにトイレ通いが痛みのために困難なのを見越して妻が買ってきた尿瓶は、父親のことをたちまちに思い起こさせる。

《妻は、結婚したばかりのころ、まだ学生だった私が卒業するまでの一年ほどの間、私の北の郷里で両親と一緒に暮らしていたことがあるが、郷里の家では寒がりの父が冬の夜中に外の厠へいくのを億劫がって尿瓶を使っていたのを思い出したのであった》

烈しい痛みと不如意な身体。そこから逃れることのできない自分。そしてそんな現在の自己の体内を流れている故郷・家族の血。

いうまでもなく三浦哲郎にとって、彼が六歳の春に次姉が津軽海峡に入水自殺し、続いて長兄が失踪し、さらに長姉の服毒自殺、十八歳で上京し早稲田大学に入学し世話になった次兄の突然の行方不明と、肉親に次々に起こった悲劇的な運命こそ、自らの文学の原点にあるものだった。

本書に収められている「文学的自叙伝」に『笹舟日記』の文章が引かれているが、次の一節はこの作家の文学への目覚めが、他ならぬ自らの肉体を形成する血の宿命にあったことを物語っている。

《自分たちきょうだいには、滅びの血が流れているのではないかと思い、ならば末弟の私はその血の分析に生涯を費してもいい、などと考えるようになった。私自身、滅びの血の共有者なのだから、大学ノートに自分自身の言動について詳細な観察記録をつけるようになった》

事実をありのままに描くことを私小説というのであれば、三浦哲郎の代表作『忍ぶ川』についてかつて中村真一郎が「伝統的な私小説」とは異なる仮構性をいったように(また本誌二〇一〇年十一月号の長部日出雄の追悼文「私小説風のフィクション」が的確に指摘している)、この作品は小説としての虚構性を孕んでいる。しかし、「自分の血を恥じるとともに、血に抗って生きる生き方に思いをこらした」(『恥の譜』)ことが、その文学の出発点となり、それがこの未完の「肉体について」まで貫徹されていることを思えば、三浦哲郎はまさに「私自身」の「詳細な観察記録」としての私小説を書き続けた作家であったといっていいだろう。

故郷や家族にたいする愛憎。日本の近代作家にそのアンビバレンツな面はしばしば見られ、同じ青森出身の太宰治などはその典型だが、三浦哲郎はふるさとを捨てるという以上に、まず自分の血に立ち向かわなければならなかった。それは決して逃れることができぬものであるが故に、「抗って生きる」他はない。その生への意志が、三浦文学の深々とした根底をつくったが、それは自らの「老いてゆく自分」への好奇心あふれる、その「肉体」をめぐる自在な機知とユーモアに満ちた「観察記録」としての作品を最後にもたらした。これがもし完結していれば、谷崎潤一郎とも、また師であった井伏鱒二とも違う、三浦哲郎ならではの豊饒な老年文学が読めたかも知れない。

中村光夫はかつて「文学は老年の事業である」といい、近代日本の小説の多くが青春を題材にしてきたことからの転換の必要性を説いたことがあった。中村自身も後年小説を書くことでその試みをなしはしたが、皮肉なこと(というより興味深いこと)には、中村がその代表的評論の『風俗小説論』で徹底的に批判してみせた私小説の流れを汲む作家が、「老年の文学」の可能性をむしろ切り拓いたのである。

本書にはまた井伏鱒二の思い出の文章が収められている。戦争と敗戦、そして次兄の失踪という衝撃のなかでの文学との出会い、小沼丹を通しての井伏との邂逅。そこには文章だけが作品の要であり、妥協を排して文体を研ぎ続けよという師の背中を見続けた、この稀有な文士としての現代作家の深い情愛があふれている。