チェーホフ 七分の絶望と三分の希望

沼野充義

定価(税別):2,500円

巨木とキノコを隔てる分断線

山城むつみ

 本書は、チェーホフを、しばしばドストエフスキーやトルストイとの対比において浮き彫りにする。たとえば「もしも、巨木とキノコのどちらが偉いか、と聞かれたら、私としては、そりゃ巨木でしょう、と答えるしかないのだが、どちらが好きかと聞かれたら、やっぱりキノコかなあ、と答えたい」と。私は、著者がドストエフスキーの『未成年』を卒論で取り上げたと述べていたことを思い出す。この長編はドストエフスキーの五大長編中、唯一キノコ化しつつある巨木なのだ。『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』は堂々たる巨木だが、十九世紀という額縁に飾られた古典だ。ところが、『未成年』は十九世紀の古典という感じがしない。額縁がなく、現代と地続きで現代小説のような手触りがある。『未成年』自体はチェーホフ的ではないが、残余の四長編に対してそれが占める特異な位置は、ドストエフスキーに対してチェーホフが占める位置と類比的だ。どちらも現代に開かれている。サリンジャーは『未成年』的であると同時にチェーホフ的でもある作家だった。『未成年』論から出発したロシア文学者がその後、日本の現代文学に長年言及し続けて来、チェーホフを論じたことには一筋の必然性があるだろう。

 本書は初出時「チェーホフとロシアの世紀末」と題されていた。タイトルから「ロシアの世紀末」が削られたのは首肯ける。チェーホフの背後に配置された複数の主題(子供時代、女性関係、ユダヤ人問題、精神病院、動物園、神秘主義、テロリズム、喜劇問題、サハリン問題、医者チェーホフが自分の病に対してとった奇妙な態度、臨終の細部の謎)は、ロシアにも世紀末にも閉ざされず、現代の我々に通じているからだ。

 私はその現代性を一八七〇年代以降の地層として読んだ。十九世紀的なものを切り裂き、現代と連続的な新しいプレートを露頭させる構造的な変動が七〇年代には生じていた。ドストエフスキーが『未成年』(一八七五)のような作品を書いた事情もその辺にある。トルストイが『アンナ・カレーニナ』(一八七五〜七七)以後、自作を含めた芸術を全否定するのもこの断層と無関係ではない。プルーストが「失われた時」を求めることで問い直したのも、七〇年代以降に露頭してやがて世界を覆い、第一次世界大戦をもたらしたこの新しいプレートだ。本書はチェーホフとユダヤ人問題を論じて『全体主義の起原』第一巻に言及しているが、アーレントはその分析で『失われた時を求めて』に依拠していた。反ユダヤ主義は七〇年代以降にユダヤ人の配置が大きく変動して生じたのだ。

 チェーホフが文筆家として登場したのはこの新しいプレートにおいてだ。巨木とキノコとを分けるのは七〇年代の断層なのではないか。著者は、ドストエフスキーとトルストイが、子供時代が人生や文学にとって持つ意味を高く評価したのに対し、チェーホフは「子供時代なんてなかった」とむしろ冷淡だったというところから本書を書き起こしている。巨木たちも、十代に七〇年代を経過していたら、子供時代には意味があるというスタンスで巨木らしい長編を書けたかどうか。じっさい、この頃からトルストイは小説作品の発表に消極的になる。ドストエフスキーは一八八一年に死んだが、もっと長生きしていたとしても、断層に躓いて『カラマーゾフの兄弟』の続編を破綻させただろう。そう思わせる構造的亀裂が七〇年代には走っている。チェーホフが生き、書いたのは、巨木がもはや巨木たりえずキノコ化せざるをえない断層以後のプレートにおいてなのだ。

『六号室』(一八九二)を扱う章は、「規律の乱れた動物園」と化した精神病院の現状を告発する報告を引用し、「チェーホフがおそらくあえて少し前の、一八七〇年代初頭のトヴェーリのような状態を想定して『六号室』を書いたのだとすれば」という注目すべき仮定を導入する。この場合、チェーホフは、七〇年代に生じた断層を医者の立場から感受し記録していたと言える。『六号室』は、第十章で詳述されるチェーホフの謎のサハリン旅行(一八九〇)から地続きの作品だ。サハリン旅行や『サハリン島』(一八九三~九四)も、七〇年代に生じた断層を鋭敏かつ批判的に感受していればこそのコミットメントなのだろう。

 チェーホフの作品や手紙に登場する動物たちに眼を転ずる章は、近代的動物園がロシアで最初に開設されたのが一八六四年であることを確認した上で、一八九一年、チェーホフが動物園批判の筆を執ったことを詳しく紹介している。『六号室』執筆の前年だ。七〇年代初頭に精神病院は「規律の乱れた動物園」と呼ばれていたが、動物園自体がすでに「規律の乱れた」施設だったのだ。

「女テロリスト群像」を描き出す章もある。彼女たちも一八七〇年代以降の変動を背景にそれに激しく抗う形で浮上した。連載時、この章に相当する回はシャルリー・エブド襲撃事件の直後に発表されていた。チェーホフの現代性を妙に生々しく感じたのを思い出す。興味深いのは、最晩年の短編「いいなずけ」(一九〇三)は校正刷りの段階では「ナージャが未来の革命家かもしれないという読みの可能性」が多分にあったことにふれる結びだ。本書は連載稿よりもテクストに即した分析を加えている。のみならず、この「可能性」は「ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』のアリョーシャが、書かれなかった続編で革命家になるかもしれないといった憶測より、はるかに確かなことだ」と加筆してこの章を結ぶ。ここにも現代に対する批評がこめられているだろう。

 連載稿最終回の結びは、チェーホフが死の直前に注文した「白いフランネルの背広」の行方を問題にしていた。主なき背広をつかむことで、その先に主の背中を指し示すのだ。本書は結びでこの背広に関し意外な新事実を添えている。私がチェーホフについて抱いていた、地味というイメージは吹き飛んだ。