地鳴き、小鳥みたいな

保坂和志

定価(税別):1,500円

消尽していないもの

山城むつみ

 

 発表年月順に「夏、訃報、純愛」、「地鳴き、小鳥みたいな」、「キース・リチャーズはすごい」、「彫られた文字」の近作四篇が収められている。
 その三つ目から入りたいのだが、私は音楽のことに不案内だ。「デレク・ベイリー」を知らない。YouTubeで聞いてみても、「だいたいこの人ギター弾けるの? これ、弾けてるって言うの?」と作中にあるのに近い感想しか持てない。それでも、読んでいる間はこの「芸術家あるいは思索する人」に敬意というか憧れのようなものを覚える。
 もちろん、題が「キース・リチャーズはすごい」なのだから「デレク・ベイリー」は脇だ。「私」が「デレク・ベイリー」ばかりをかけていたため不快な音がストレスで猫が膀胱炎になったのだという自責の念からそれを聞かなくなり、結果、部屋でかける音楽がフリージャズやインプロヴィゼーションからロックへと移行して、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、そしてサザンオールスターズを抜けたところで「キース・リチャーズはすごい」となる以上、力点は「デレク・ベイリー」にはない。そこを抜けた先にある。だが、読んでいて私は「デレク・ベイリー」の方に感心してしまう。「これ、弾けてるって言うの?」と見える文体で書かれ「作品になるフレーム、枠がない」と見えたこの小説自身がこう打ち明けていたのがひっかかるからだ。「デレク・ベイリーはただただ弾くそこに作品になるフレーム、枠がない、私はそういう風に書いていたかったができなかった【できなかった、に傍点】」(傍点山城)
「私」は「デレク・ベイリー」を文学にたとえてこうも語る。ベケットもああ見えて『モロイ』三部作までは「叙情的」だった、彼とてそういうものを「使い尽く」すのにその後二十年ほどかかり一九七〇年代になってようやく「その先の荒涼というのとは違う、気持ちの波の去ったあとの、と言えばおさまりがよすぎる、ただベケットだけが書いたもの」を書くようになったのだ、と。「カフカとベケットはそれぞれ別のあり方だが小説が小説たるルートから外れてとぼとぼ一人でどこかを歩き出した」と。「私」も、むろん《ベケットのように》でも《カフカのように》でもなく「私」のあり方で小説が小説たるルートから外れて「私」だけが書けるものを書きたい、「デレク・ベイリー」がただただ弾いたように書きたいと思いながら、しかしまだ「デレク・ベイリー」のように書いてはいられない、と感じているらしい。
 それは、猫たち他者たちの死あるいはその気配をめぐって「叙情的」なものが自分のなかにまだ「使い尽く」されずにあると「私」が感じているということでもあるだろう。「私」は、猫のトラブルで落ち込んでいた気持ちがそれ(たとえばサザン)のおかげで「救われた」と率直に認めているが、「それはいいものだがいいと言い切ることを躊躇させるもの」がそこにはある。だから「肯定しきれない」。それでいて、そういうものではやはりダメなのだとそれを否定し「デレク・ベイリー」に向かって自分自身を叱咤するのはちがうとも感じている。消せど燃ゆる部分があることを「デレク・ベイリー」の側から、つまり向こうの方から、それはそれでと、ゆるやかに「私」に是認してくれるようなところがキース・リチャーズにあるのかもしれない。そのゆるやかさに通じる「構えず、気楽に【構えず、気楽に、に傍点】」の中での修行、「脱力」の中での抵抗を生きた「箕輪さん」のことが「彫られた文字」には書かれている。
 表題作では、土地の記憶が延々と、退屈や耳ざわりを恐れることなく書かれるが、「私」のなかの「使い尽く」されていなかった叙情がぽっと出て来る。「誰のためにかわからない義俠心のようなものに衝き動かされて大声をあげたくなる」という仕方で出て来る。「私は急に胸の真ん中で丸太ん棒のような強い気持ちが突き上げた、それを性欲と、私はそのときはカン違いしなかった、私はあなたを思いっきり抱きしめたかった、実際そうしたかもしれない、私は猫にもそうする、ここの土地にもできることならそうする、私は実際そうしたのだろうか、あなたはああいうことを思ってそれを口にしたのだから私がそうしたのをあなたに見えたということだったんだろうか」
「夏、訃報、純愛」の「私」は、唯我という友人が亡くなってから彼はボブ・マーリィが好きだったことを知る。「あれ以来ボブ・マーリィを思い出すと唯我も一緒に思い出す」という文は普通だが、読点一箇でこう続く。「もう何年も自分ではボブ・マーリィをかけないから家でボブ・マーリィをかけて唯我のことを考えることはない」。さらりとしたものだ。しかし、「私に聞こえる聞こえないにかかわらない、世界のどこかでボブ・マーリィが流れていれば唯我や唯我のようにボブ・マーリィを好きだったやつがそこでボブ・マーリィを聴く」と言われるとハッとする。「私」は唯我から何かを託されるということがなかったが、それは親しくなかったからではなく「託すには親しくなりすぎた」からだというところに通じるのだ。げんに「猫は私に何も託さない」。託しても「私」の方で託されたと感じない。感じてもそれがアタマの片隅に残るということがない。「音楽とはそういうものだ」。たぶん、そうなのだろう。しかし、必ずしもそうはゆかない何かが「私」にはある。「私」は親しくもなかった或る先生の死後、三十年近く前に彼から聞かされた話で何かを託されていたと感じるのだ。「掠めただけのような関係」からそのように託されてしまうところが「私」にはあるのだ。
 しかし、そのような「私」をそれとして包容しつつある「私」がこの本全体にはある。険しい急なところを少しずつ抜けてゆく感じがする作品集だ。

 発表年月順に「夏、訃報、純愛」、「地鳴き、小鳥みたいな」、「キース・リチャーズはすごい」、「彫られた文字」の近作四篇が収められている。

 その三つ目から入りたいのだが、私は音楽のことに不案内だ。「デレク・ベイリー」を知らない。YouTubeで聞いてみても、「だいたいこの人ギター弾けるの? これ、弾けてるって言うの?」と作中にあるのに近い感想しか持てない。それでも、読んでいる間はこの「芸術家あるいは思索する人」に敬意というか憧れのようなものを覚える。

 もちろん、題が「キース・リチャーズはすごい」なのだから「デレク・ベイリー」は脇だ。「私」が「デレク・ベイリー」ばかりをかけていたため不快な音がストレスで猫が膀胱炎になったのだという自責の念からそれを聞かなくなり、結果、部屋でかける音楽がフリージャズやインプロヴィゼーションからロックへと移行して、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、そしてサザンオールスターズを抜けたところで「キース・リチャーズはすごい」となる以上、力点は「デレク・ベイリー」にはない。そこを抜けた先にある。だが、読んでいて私は「デレク・ベイリー」の方に感心してしまう。「これ、弾けてるって言うの?」と見える文体で書かれ「作品になるフレーム、枠がない」と見えたこの小説自身がこう打ち明けていたのがひっかかるからだ。「デレク・ベイリーはただただ弾くそこに作品になるフレーム、枠がない、私はそういう風に書いていたかったができなかった【できなかった、に傍点】」(傍点山城)

「私」は「デレク・ベイリー」を文学にたとえてこうも語る。ベケットもああ見えて『モロイ』三部作までは「叙情的」だった、彼とてそういうものを「使い尽く」すのにその後二十年ほどかかり一九七〇年代になってようやく「その先の荒涼というのとは違う、気持ちの波の去ったあとの、と言えばおさまりがよすぎる、ただベケットだけが書いたもの」を書くようになったのだ、と。「カフカとベケットはそれぞれ別のあり方だが小説が小説たるルートから外れてとぼとぼ一人でどこかを歩き出した」と。「私」も、むろん《ベケットのように》でも《カフカのように》でもなく「私」のあり方で小説が小説たるルートから外れて「私」だけが書けるものを書きたい、「デレク・ベイリー」がただただ弾いたように書きたいと思いながら、しかしまだ「デレク・ベイリー」のように書いてはいられない、と感じているらしい。

 それは、猫たち他者たちの死あるいはその気配をめぐって「叙情的」なものが自分のなかにまだ「使い尽く」されずにあると「私」が感じているということでもあるだろう。「私」は、猫のトラブルで落ち込んでいた気持ちがそれ(たとえばサザン)のおかげで「救われた」と率直に認めているが、「それはいいものだがいいと言い切ることを躊躇させるもの」がそこにはある。だから「肯定しきれない」。それでいて、そういうものではやはりダメなのだとそれを否定し「デレク・ベイリー」に向かって自分自身を叱咤するのはちがうとも感じている。消せど燃ゆる部分があることを「デレク・ベイリー」の側から、つまり向こうの方から、それはそれでと、ゆるやかに「私」に是認してくれるようなところがキース・リチャーズにあるのかもしれない。そのゆるやかさに通じる「構えず、気楽に【構えず、気楽に、に傍点】」の中での修行、「脱力」の中での抵抗を生きた「箕輪さん」のことが「彫られた文字」には書かれている。

 表題作では、土地の記憶が延々と、退屈や耳ざわりを恐れることなく書かれるが、「私」のなかの「使い尽く」されていなかった叙情がぽっと出て来る。「誰のためにかわからない義俠心のようなものに衝き動かされて大声をあげたくなる」という仕方で出て来る。「私は急に胸の真ん中で丸太ん棒のような強い気持ちが突き上げた、それを性欲と、私はそのときはカン違いしなかった、私はあなたを思いっきり抱きしめたかった、実際そうしたかもしれない、私は猫にもそうする、ここの土地にもできることならそうする、私は実際そうしたのだろうか、あなたはああいうことを思ってそれを口にしたのだから私がそうしたのをあなたに見えたということだったんだろうか」

「夏、訃報、純愛」の「私」は、唯我という友人が亡くなってから彼はボブ・マーリィが好きだったことを知る。「あれ以来ボブ・マーリィを思い出すと唯我も一緒に思い出す」という文は普通だが、読点一箇でこう続く。「もう何年も自分ではボブ・マーリィをかけないから家でボブ・マーリィをかけて唯我のことを考えることはない」。さらりとしたものだ。しかし、「私に聞こえる聞こえないにかかわらない、世界のどこかでボブ・マーリィが流れていれば唯我や唯我のようにボブ・マーリィを好きだったやつがそこでボブ・マーリィを聴く」と言われるとハッとする。「私」は唯我から何かを託されるということがなかったが、それは親しくなかったからではなく「託すには親しくなりすぎた」からだというところに通じるのだ。げんに「猫は私に何も託さない」。託しても「私」の方で託されたと感じない。感じてもそれがアタマの片隅に残るということがない。「音楽とはそういうものだ」。たぶん、そうなのだろう。しかし、必ずしもそうはゆかない何かが「私」にはある。「私」は親しくもなかった或る先生の死後、三十年近く前に彼から聞かされた話で何かを託されていたと感じるのだ。「掠めただけのような関係」からそのように託されてしまうところが「私」にはあるのだ。

 しかし、そのような「私」をそれとして包容しつつある「私」がこの本全体にはある。険しい急なところを少しずつ抜けてゆく感じがする作品集だ。