壺中に天あり獣あり

金子 薫

1600円

光の迷宮

青木淳悟

そこにもだいぶ無機質な迷宮を見いだせるからといって、例えば当時ヒットした映画『キューブ』(1997年)などを再視聴している場合ではない(そもそも「ジャンル」が違う?)。あるいは本書の内容から、昔からある「3Dダンジョン(ゲーム)」の類いか、近年ブームの「脱出ゲーム」でも連想するところかもしれないが、そこまで謎解きの要素があるわけではない。

 ともあれ映画なりゲームなりアトラクションで、そこに視覚化された迷宮がどんな構造のものだったか、無闇とそう比較の対象を探そうとしているあたり、早くもこの小説にペースを握られている証拠かもしれない。

 これは迷宮を舞台とした異様な小説である。しかも舞台である迷宮それ自体を考察の対象としつつ、さらに「外部がないこと」について、本当にじっくりと考えられる(させられる)のが、本作がすでに設定上で有しているともいうべき強味なのではないか。

 およそ迷宮を舞台とする多くのジャンルにわたる作品では、登場人物たちはそれ相応の切迫した状況下をサバイバルすることを強いられる。本作もご多分に漏れず、作中の人間はみな過去を消し去られたままそこに存在しているらしく、主人公の光は、どこかへと通じるはずの扉を探して、無限大に延長された廊下を延々移動し続ける。

 常に薄暗い照明の絨毯敷きの廊下と、壁に沿って並ぶ破線のような足元灯。無数の施錠された客室の扉と、無施錠で宿泊可能な客室群。それらが螺旋階段で連絡し、やはり無数に階層を成しているという。そこは「ホテルのような」という比喩が意味を持ちえないホテルそのものの空間であり、何か劇的な展開を予防しているかのごとく、生活上に支障のない程度にホテルとしての機能を備えている。ベッドルーム。浴室。バー。

 仮に人間から想像力を奪い去ろうとする巨大な装置だったとしても、ホテル内で日々を過ごすのだとは、少なくともサバイバルという方面ではあまり展開を望めそうにない。外界へと通じる窓はおろか、外部環境による変化や刺激は皆無で、時間の経過を知る術さえ失われている。こうした場に、共同生活とも呼びがたい住人たちがまばらに存在し、彼らと奇妙に熱のない会話を交わしたあと、光はまた単調な冒険すなわち移動を続ける。

 ところで作品内での日常性に通じる生活リズムがつかめてきたあたりで、実のところ冒頭からずっと脳裏に張りついている一つの疑念については、一向に答えらしきものが見いだせないことに気づくのだった。

 そもそもの一行目、書き出し部分に「言葉によって造られる迷宮」と、究極的な表現であっさりと一度底を割りつつ、外側にあるもの(あるいは「何もない」こと)を見せておいてから、作品内に閉じた世界を構築するという文学的な冒険でもあったわけだから。またその「言葉によって造られる迷宮のなか」、主人公の光は「譬えを完成させるべく幽閉されて」いる存在だと、小説の登場人物としての作為性について予め読者に断ることさえしているのだ。

 どこを見てもあまり無機質であるためなのか、頻出する人名「光」が、無色透明の光線自体を意味するようにも錯覚されてくる。例えば小説の構成要素が極度に切り詰められた結果、主体から実在性が失われ、空間内を彷徨する運動体にでも変容してしまったかのような……?

 光の迷宮についての言及/思考/描写とは、作中から拾えばこうしたものである。

「……建物は前進と後退の区別もつかぬように設計されているが、何らかの結末に辿り着くにせよ、堂々巡りを続けるにせよ、見かけの前進を続ける外に選択肢はない。」

「どこかに窓あるいは出口があって外界が見えたとしても、それは外を模して造られた内部であるに違いない。外というより内の内、外界そっくりに造られた広い中庭の類いであるだろう。」

 暗示的内容は作中にいくらでも見いだせるが、迷宮をあてどなく移動しつつも、主体が主体的にではなく迷宮それ自体によって「無限」なり「外部」なりを想像する、いわば受動性が思考を自由にするかのような感触が、読んでいて興味の尽きないところだった。

 それは寓話的ではあっても、決して生易しいお伽噺であるわけがない。もう一方のヒロインである言海が、ホテルの一角で玩具屋を営み、発条仕掛けのブリキの動物の修理改造を事とし、光とは対照的に日々の充足感を得ているとしても、道具立てからしてやはり無機物の城たる迷宮の住人であって、小さな抵抗のようだと思えてならない。また余計な連想ながら、その人名を言海と読めば、近代日本で最初に編纂された国語辞典であった。

 やがて筆者であるこの私は、幻惑されひたすらに作品に没頭しつつも、素直といえば素直な反応として、無意識のうちに迷宮の閉鎖感に抵抗しようとしていたのである(なお私は、精神が活性化していると、連日連夜悪夢らしきものを見るようになるのですが、みなさんはどうですか?)。

 その日見た夢。夢が気ままに夢見たような、それでいて対抗手段を打ち出してきたようにも感じられたのだが、……私はそこに或るお堂を発見し、洋風ホテルでは味わえそうにない板敷きの室内空間を家族で占拠していた。この住居のカテゴリーを無視したような行為を痛快がる一方で、なぜか家財道具一式を公共空間である表の廊下に投げ出すように置いており、これは違反行為であるらしく、後ろめたい気持ちで通行人の目を気にしながら物の出し入れなどをしている。こんな定住することへの意欲が対抗手段なのだ。私はなぜかそこで一言喚いた。

「……(生活が?)中途半端なんだよ!」

 自堕落な生活を肯定し実践することが迷宮の完全性に疵をつける、とでも主張しようとしたのかどうか。これがしかし、一枚の貼り紙によって的確に否定される。

「告発」「ここは公共の場で云々……」「迷惑ですので、即時、物を移動して下さい!」

「ゆきてかえりし物語」といえばJ・R・R・トールキンのファンタジー小説『ホビット』の副題だが、行って帰ってくる物語とはようするに旅のことだ。
『前立腺歌日記』は、前立腺ガンを宣告された初老の男が、手術とリハビリと放射線治療を経験した後、日常生活に戻るまでの旅を物語る一冊である。「僕」と名乗る語り手は著者に瓜二つだから私小説のように読めるし、治療の段取りが詳細に描かれているので、闘病記の系譜に連なるノンフィクションとして読んでも差し支えないだろう。
 ただし、これは「歌日記」なので、散文の合間に詩篇がひんぱんに差し挟まれる。自作の詩が多いが、万葉集、和泉式部、高浜虚子から新川和江にいたる日本語詩や、シェークスピア、ランボー、T・S・エリオットなどの詩も邦訳で登場する。日々の報告を語る「僕」の文章に詩行が挿入されると、個人の経験がにわかに隠喩へと変容するかのようだ。読み進むうちに、芭蕉の『奥の細道』、ダンテの『神曲』、紀貫之の『土佐日記』、トーマス・マンの『魔の山』などが物語を下支えする構造も見えてくる。思えばどれも、行って帰ってくる隠喩的な旅を描いた書物ばかりである。
 ミュンヘン在住の「私」が語る物語の発端は一年前にさかのぼる。熊野古道を徒歩旅行したとき、中学生の頃に部活で痛めた膝関節の軟骨に負担がかかって痛みが再発した。ドイツに戻って医者へ行き、ついでに受けた血液検査がきっかけで前立腺ガンを早期に見つけることができた。
 この病気にかかりやすい傾向が父祖たちにあったことを知る「私」は、発病を「気の遠くなるほどの過去からの贈り物」ととらえ、前立腺全摘の手術を受けることを決める。そこまでが「奥の細道・前立腺」と題された第一章で、「尿道カテーテルをつけたまま詩が書けるか?」を問う第二章は、入院してから退院するまでの経緯を語る。入院生活のなかで気取らぬ生き方を学んだ「僕」(第二章から一人称が変わる)は、「これからは、どんな時でも、誰の前でも、胸の前におしっこ袋をぶら下げているつもりで生きてゆこう」と決意する。初老の男が人生の初心を取り戻す瞬間の描写が感動的だ。
 だがじつは、「尿道カテーテルをつけたまま書いた詩」と題された既出の詩(『現代詩手帖』、二〇一七年一月号)があって、その末尾に同じ決意が語られている。詩で語ったことをあえて散文で語り直すのはなぜだろうか。その理由はたぶん、『前立腺歌日記』に秘められた詩と散文の融合をめざそうとする意図とリンクしている。
 著者はかつて、「初めに言葉・力ありき」と題された講演(評論集『詩人たちよ!』所収)で、ダンテ、芭蕉、マンの文学を縦横に比較しながら、行為と言語の対立と協力関係について論じたことがある。四元は、『神曲』においては言葉と行為が対立せず、「無邪気なばかりに睦まじい関係を結んで」いるのに気づき、「詩人の操る特殊な力に満ちた言葉」によって、行為=現実が「固有性の世界」から「普遍的な世界、永遠の高み」へと導かれているのを発見した。
 なるほど、『前立腺歌日記』は、散文的な行為の世界と詩の言語が誘い込む永遠・普遍の世界とを調和させようとする実験場なのだ。
 手術後のリハビリのために滞在した療養所での暮らしが描かれた第三章「シェーデル日記」は現代版の『魔の山』であり、病院の地下にある放射線科へ通った経験を語る第四章「わが神曲・放射線」には、ダンテの地獄篇をもじった世界が描かれる。そして、先述の詩論において、中原中也の詩と井筒俊彦の言語哲学を参照しながら、「根源的絶対無分節の世界」「一にして無限な混沌宇宙」などと表現されていた、詩の言葉が向かうべき「意識の深層」は、本作では「クオリア」と言い換えられている。クオリアとは「赤ならば赤の『赤さ』そのものの質感」のことで、その出所について人間は何も知らないものの、「意識のクオリア」こそ「僕という存在の本質」ではないか、と語り手は考えるのである。
「終章 春雨コーダ」では一人称が「私」に戻る。第二章から第四章までの「僕」が渦中の語り手だったとすれば、「私」は発病から回復にいたる「ゆきてかえりし物語」を丸ごと見渡せる場所に立っている。三十五回にわたる放射線治療を終えて、地下から地上へ出た彼は、そこが「私の煉獄」だと気づく。
 今、新たな旅に出た「私」は来し方を顧みて、自分は「いつも何かを待ちながら生きてきた」とつぶやく。そして、「私は詩に憧れ、いつの日か自分の言葉の指先がそれに触れることを夢見た」が、「詩だけに満足することもできなかった」ので、「現世的な歓びを追い求め」、「ひとりの娘」と結ばれたことを語る。これ以上せんじ詰めることは不可能と思われる自叙伝が綴られたこのパラグラフにおいて、著者によく似た「私」は詩と現実、あるいは言葉と行為のあいだに折り合いをつけようとしてきた人生を振り返っている。
 終章の終わり近く、ミュンヘンからの旅の途上にストラスブールで下車した「私」は、大聖堂の隣の美術館を訪れて、かつて岳父とここを訪れたときの時間を生きなおす。美術館を出て、運河のほとりを歩き出したときには死者たちの思い出が胸中に押し寄せてくる。「私」は街中の「こぢんまりした教会」へ入り、合唱を聴く。合唱隊は「脳の中の、神経細胞の先端の、微小管の内部の素粒子を自己収縮させて、自分だけのクオリアを外界に照射して」いる。「私」はこの瞬間、ダンテそのひとを生きているかのようだ。合唱の声が響き合う、調和の世界に身を委ねる語り手は、比類のない天上の音楽の只中にある。
 病を得た経験をもとにして本作を書いた四元は、ダンテと同じくみずからを著者、作中人物(僕)、全知の語り手(私)の三人に振り分けつつ統合して、「歌日記」を広げてみせる。世界文学への愛と真摯な詩論に裏付けされた本作により、歌と物語を融合する古い器に新しい可能性がつけくわえられた。