きなりの雲

石田 千

定価(税込):1,680円

先を急がない文体の心地よさ

松永美穂

 作品のなかに出てくる手編みのベストそのもののようなテイストの、やわらかく、あたたかく、静かな小説。一目一目、丁寧に編むように、文章が紡がれている。


 アラフォーの男女の恋。いや、これは恋と呼べるのだろうか。手探りの人間関係、といった方がいいかもしれない。編み物の先生をしながら暮らす独身女性の「さみちゃん」が一人称の主人公だ。酒浸りになったりしながら失恋の激しい痛手を半年かけてようやく乗り越え、傷が癒えかけたところから物語が始まる。


 場所は東京都内。都心というほどではないけれど、スカイツリーがわりと近い、二十三区のなかでも東側の地域のようだ。さみちゃんは、古いアパートで暮らしている。マンションではなくアパートという言葉が一貫して使われているけれど、屋上があるので木造ではなく鉄筋だろう。五階建てで、エレベーターはない。空き室もあり、住んでいる人の数は十人足らず。昼のあいだだけ事務所として使われている部屋もある。(毎日盛り塩をして掃除をきちんとする事務所の人たちの正体が後でわかるところが面白い。)「切株共生」という言葉が途中で出てくるが、さまざまな植物やキノコが共生している切株のように、アパートの住人たちも助け合い、支え合って暮らしている。一人暮らしのおばあさんたち。お年寄りだけれどよく気がついて、清潔好きの通いの管理人さん。なかでも松本さんというしっかりした品のいいおばあさんがとても魅力的だ。べたべたしすぎず、ほどよい気遣いで、ほとんど女性ばかりに見えるアパートの住人のまとめ役になっている。


 アパートのある町から電車に乗って手芸教室に通う以外、さみちゃんはあまり出かけない。最後に新潟に行く場面はあるけれど、東京にいても盛り場には行かないし、朝夕のラッシュとも無縁の生活。かつては会社員だったのが、いまはその会社で培った人間関係を資本に手編みの作品を制作する側に回っている。「職人」という言葉が出てくるように、黙々ともの作りに励む、「手の人」だ。と同時に「観察の人」でもあって、周囲の人の細かな表情を見逃さない。とても静かに、周りを受けとめている。生きものにもやさしくて、アボカドの種を水栽培して芽を出させたり、捨てられていたサボテンの鉢植えを拾ってきて、植えかえて再生させたりしている。


 一見静かな生活を取り戻したさみちゃんに、失恋の痛手を与えた張本人が電話をしてくる。よりを戻して、という単純な話ではないけれど、さみちゃんの心中は穏やかではない。かといって、相手に積もる恨みをぶつけることもない。お節介な読者としては、もっと文句を言って凄んでもいいのに、と思うくらいなのだが、さみちゃんはもともと、自分の思いを飲み込むタイプのようだ。相手はちゃっかりしているというか、反省ぶりが足りないようにも思うが、どうなんだろう。彼との再会を語る場面では、「すこやか」「素直」「憎めない」と、彼に対するポジティブな言葉が並んでおり、さみちゃんのやさしさと人の好さが滲み出ている。この小説に悪人が一人も出てこないように思うのは、人々がさみちゃんの目を通して描かれているからかもしれない。とはいえ、頻繁に電話をしてくる元彼と、ひそかに動揺するさみちゃん、危うげなバランスを保った二人の関係がどう動き出すのかが、後半の見どころだ。 


 さみちゃんだけでなく、いろいろな人の恋の話が出てくる。手芸教室の生徒さんの失恋。先輩の玲子さんの恋。玲子さんの場合は夫の達観ぶりがすごい。ジョージ・ハリスンとエリック・クラプトンの関係を思い出してしまう。もちろん、激しい葛藤を経たうえで乗り越えた境地ではあるのだろうけれど。この小説は、さざ波しか立っていないように見える水面の下に、目の届かない深い世界があることを感じさせてくれる。


 独特の柔らかさがある、著者の文体にもぜひ触れておきたい。引用符のない会話、かなり漢字をひらいた、ひらがなの多い、丸みのある文章。主語を省略し、目的語を落としたりしている。たとえば、こんな一文。
「皿を拭きながら、また奥歯がかたくなっていると気づき、あごの力をほどくと、はたはたとこぼれた。」
「はたはたとこぼれた」のは涙だと、もちろんわかるのではあるが、あえてその言葉を落とすところに大胆さを感じる。
 あるいは、こんな文章。
「帰りがけに、三ヵ月でだめになったんだ。まえを見たまま、それだけいった。」
 もしこの文章に主語を入れて通常の句点の打ち方をするとすると、「彼は帰りがけに、まえを見たまま、『三ヵ月でだめになったんだ』とだけいった。」となるところだろう。


 学校だったら文法的には注意されるかもしれないし、外国人泣かせかもしれない、とは思う。でも最後まで言いきらないこの文体は、一つ一つの文の行間に余韻を残し、読者の関与の余地を多く与えてくれている。どこまで省略できるか試しつつ、日本語の「含み」の可能性を探っているようでもある。けっして先を急がない、この抑えた文体が、読むにつれどんどん心地よく感じられてきた。


 編み物のように手間暇かかる仕事は、大量生産を旨とし、スピードや効率を重視する社会とは相容れないのかもしれない。でも逆に、時間をかけ、この世に一点だけの作品を仕上げることができる。編み物という手作業の確かさ、あたたかさ。それが登場人物たちの多くにも投影されている。世の中の流行りすたりに流されることなく、堅実に、日々を大切に生きている人々だ。手芸教室の生徒さんたちが、もっぱら誰かへのプレゼント用に作品を作っているのも象徴的。


 東京の下町を四季の変化とともに人情こまやかに描き出し、読む人の心もしっとりと再生させてくれそうな小説だ。