エルニーニョ

中島京子

定価(税込):1,470円

星にみちびかれて

鴻巣友季子

『エルニーニョ』は、作中にさまざまな物語を擁した、ある意味、非常に作者らしい作品だと言えるだろう。ただ、これまでとは少し趣が違う。本歌取りというよりも、寓話のようなメインストーリーを縦糸に、世界中の伝説、民話、言い伝え、思い出話、名作の外伝(!?)などが自在に織りこまれた「物語のタペストリー」というべきものなのだ。

主人公の「小森瑛」は恋人「ニシムラ」の暴力に悩むある日、ついに彼から離れる決心をして、新幹線に飛び乗る。そしてやって来たのが、南の町のうらぶれたホテルだ。客室に入ると、電話が留守録のランプを点灯させており、「市電に乗って湖前で降ります。〈中略〉ボート乗り場に十時でいいですか?」とメッセージが入っていた。瑛は何かに導かれるように湖のある公園へ赴き、そこで「ニノ」という七歳の男の子に出会う。彼もまた逃げる身だった。フィリピン人の母と日本人の父をもつらしいが、父母とも行方知れず。ニノは自分を外国に連れ去ろうとする「灰色の男」から逃げて、ホテル近くの子守商店街にある砂糖屋に身を寄せていた。

子守地蔵と言い伝えの残るこの商店街は、「昔ながらの」をコンセプトに復興を図り、素朴さを商品化しようとしている。瑛とニノの手で商売は繁盛するが、じきにふたりは砂糖屋を追われ、列車、路面電車、バス、船などを乗り継いで、逃げに逃げる。小さな島に渡り、ニノによく似た男の子と和服の女性が写った古い写真を見つけたりする。ふたりは小さな恋をする。

このストーリーに織りあわされていく「物語」をざっと挙げてみよう。童謡〈森のくまさん〉、〈ヒマツリメと子守地蔵の話〉、〈白砂糖三百籠〉、〈蛸と美女とサンパン〉、〈イソポのハブラス〉(天草版のイソップ物語)、〈マゼラン/エンリケ/サント・ニーニョ〉、〈灰色の男たち〉、〈鯨谷くんと北斗七星になった母親の話〉……なんと愉しい混在ぶりであろうか。なかには、作者が「言い伝え」の形を借りて作ったとおぼしきお話もある。そして、このお話のるつぼから優しく浮かびあがってくるのは、「神の子」と「子どもの守護神」の像だ。
〈森のくまさん〉は本作の「逃げる」という主題のキーノートとなる曲である。このお嬢さんはだれから逃げなさいと言われているのだろうか? ふたりが出会ったのはどの辺りなのだろう? そっけなく「南の町」としか書かれていないが、本作では土地絡みの物語とストーリーが密接に係わってくるので、ちょっと地名を追いかけてみよう。

まずは砂糖問屋が語る〈白砂糖三百籠〉のお話に注目。ここに出てくる子ども思いのカピタン・ドゥーフとは、長崎出島の商館長で蘭和辞典の編纂もしたオランダ人ヘンドリック・ドゥーフのこと。幼子の将来のために高価だった白砂糖を資産として預けて帰国したという、本作中の話は実話である。

地方の目星がついたところで、〈蛸と美女とサンパン〉だ。瑛はある島に渡ると、不思議な夢を見るようになり、それが現実と交差しだす。和服姿の女性が夢でこう語る。 「あの日はいつものように村で火付けがあって、赤やときに青くゆらめく火が舐めるように家屋を焼く姿に人々が陶然としている間に、闇をぬって朽ちかけたサンパンに乗せられ、沖に停泊していた大きな船の底に沈められたのだった。」

彼女は「北の島」で生まれ、「大蛸やコブラ」などの住む異郷の熱帯へ十二歳で奉公に出たようだ。おそらく「からゆきさん」である。となると、引用箇所の意味が明らかになってくるだろう。からゆきさんといえば、長崎の島原半島と熊本の天草諸島の出身が多かった。島原の子守唄にはこのような歌詞がある。「山ん家(ね)はかん火事げなばい 山ん家(ね)はかん火事げなばい サンパン船な与論人 姉しゃんなにぎん飯で 姉しゃんなにぎん飯で 船ん底ばよ ショウカイナ はよ寝ろ 泣かんで オロロンバイ オロロン オロロン オロロンバイ」。当時、からゆきさんがサンパンで密航する際には、取締の目をそらすために村に火をつけることがあった。姉さんたちは船の底に隠されて握り飯を食べている……という歌詞だ。瑛たちが島で見た写真も、からゆきさんと現地人の間にできた息子だったのだろう。王子様のような服を着た小さな息子の姿は、ニノと重なるだけでなく、ふたりが島のキリシタン資料館で見るサント・ニーニョ(フィリピンで信仰される幼子イエス=神の子の像。マゼランがセブ島民に贈ったとされる。エル・ニーニョも同様の意味)と重なる。Ninoはもともとスペイン語で「男の子」を意味する語だ。

瑛とニノが訪れた、グーテンベルク印刷機を展示したキリシタン資料館のある島とは、天草諸島で間違いない。この印刷機で刷ったのが「イソポのハブラス」つまり『天草本 伊曾保(いそっぷ)物語』だ。イソポもまた子どもを守る者。それにしても、この「イソポのハブラス」に出てくるカメローンのお話などは傑作である。どこまでが原典通りで、どこからが中島京子の創作なのか。毎度ながら遊び心満載だ。さて、ここが天草諸島なら逆に辿っていけば、ふたりこの島へと渡った地、「海を望む列車」が辿りついた終着駅とは、熊本三角線の三角駅であり、ふたりが出会ったのは池を擁した熊本市内の水前寺公園、「子守商店街」のモデルは市電水前寺駅通駅近くの「子飼商店街」かもしれない!?(小さなお地蔵さんがある。)きっと子を守ることに縁がある土地なのだ。

ふたりはいつも何者かに守られている。それぞれの土地に森のくまさんがいる。子守地蔵やカピタン・ドゥーフ、サント・ニーニョやイソポがいる。ニノが神の子であるなら、ニノを守っているつもりで守られている瑛は、フランス語でterre(テル)=地球・大地という意味かもしれない。

作者が織りあげた物語のタペストリーは、読者の想像を温かく受け止めてくれる。そういえば、イエスが生まれたとき、遠い東方から三人の賢者が彼を探してやってきたではないか。エル・ニーニョは異邦人と出会う運命にあったのだ。三賢者を幼子イエスに導いたのは東の空に輝く星だった。素敵なおとぎ話を読み終えたわたしはふと、瑛があの晩見たメッセージランプの光は、ベツレヘムの星だったのかな、などと思った。