「生」の日ばかり

秋山駿

定価(税込):1,890円

書き継がれるノート

黒井千次

おかしなことから書き始めねばならない。本文を読む前に本書のタイトルを目にした時、『「生」の日ばかり』という言葉に戸惑った。「『生』の日」についてのみ綴るとはどういうことか。それはひたすらなる「生」の強調なのか。では「『死』の日」はどこへ行ってしまったか――。

本文を読んでみれば、タイトルの意味は直ちに理解される。『「生」の日ばかり』のばかりは限定を示す副助詞ではなく、ハカリ、つまり計りに通ずる語の頭の音の濁ったものであったのだ、と。「生」の日だけについて何かを綴ろうとする意図はそこにはない。「生」の進み具合を日々確かめ、それを厳しく計測、観察しようとする任を帯びた秤を前に置き、新しいノートを開こうとする。

「こんどの、新しいノートのタイトルは、自分の好みで、――『生』の日ばかり、ということにしよう」と記した後、イザヤ書の一節が引用され、それに続けて「わたしは、自分の生の器を傾けて、日に一滴、二滴の、生の雫を汲むつもりだった。だから、日ばかり、というのがぴったりだった」と認(したた)められている。「日ばかり」は「日時計」なのであって、それは「生」を確かめるための装置であるのだ、と納得する。

しかし最初にタイトルのとんでもない読み違い、誤解をおかしただけに、その表題は妙に黒いとぐろを巻いてこちらの身の奥に蹲ってしまった。「『生』の日」と「ばかり」は切り離して読んではいけないのであって、「日ばかり」が一つのまとまった言葉なのだとわかっても、なぜか「『生』の日」のイメージが強烈で、「はかり」の影は薄いように感じられてならない。

では「『生』の日」はどのように記されているか。ノートの冒頭二行に示されている。

「とうとう、もう一度戻らねばならぬ。少年の日の自分の内部(なか)へ、古いノートの中へ」

 

芯の太い、濃い色の鉛筆の字が目に浮かぶ。実際に鉛筆で書かれていたかどうかは知らないが(おそらくは万年筆によるインク字なのだろうが)、この響きの深い文章には、2Bか3Bくらいの濃さの鉛筆字がふさわしい気がする。

それにしても、なぜ「とうとう」なのか。十分に長く歩いたからそこに戻らねばならないのか。予感によって告げられていた事態が到来したので、再び遠い少年時代へと帰らねばならぬのか。「とうとう」と呟く真意がどのようなものかは明らかではないけれど、その語のもつ深い響きは詠嘆や感傷を越えて、一種の使命感とでもいったものを帯びているように感じられる。「『生』の日」ばかりが強調されているかに感じた誤解乃至は早とちりが息を吹き返してくるのはそんな時である。少年の日の「生」の濃厚な渦巻きが回転するその只中へ戻り、古いノートをめくり返さねばならない。もちろんそこには、少年期に出会った「死」の影が落ちている。だから『「生」の日ばかり』という強調は、すぐ背後に隠れている「死」の日を思わせるのかもしれない。

それはともかく、ノートとはいかなるものか、と本書を読みながらあらためて考えた。

評論やエッセイとは違うのだから、一つの主題を論理的に追究するといったものではない。かといって、日常生活周辺の出来事を綴る随想とも異っている。小説ではないのだから事実とは異るウソをつくわけでもない。それでいて日記といった日付の伴う文章でもない。

近いといえば、手帖あたりがそうかもしれない。『チェーホフの手帖』といった本のあったことが思い出される。作品のためのメモとか、備忘録といった趣きの書物だったと記憶するが、それは作品を書くことが前提となっている文章であったように思われる。

そこに行くと、ノートはより自由であり、かつ自立している。何かに役立ったり、奉仕したりするために書かれるのではなく、ノートはただノートのためだけに書かれている。

秋山駿氏がもう一度戻らねばならぬと語る「自分の内部(なか)」と「古いノートの中」は同格のものなのであり、それはノートを綴る人の生と繋っている。古いノートは生の縁を巡るようにして書かれていたに違いない。そして、「とうとう、もう一度戻らねばならぬ」とするその作業の一つとして、現在の記述のところどころに、〈古いノートから〉という一節がさし挟まれている。書かれた月と日は明記されているのに年がはいっていないケースが多く、幾歳くらいの折の文章かはっきりしないけれど、現在進行形の言葉と古いノートの言葉の間に時間のドラマが見え隠れする。それだけの時間がノートの中に堆積して層を生んでいることを思わせる。

ノートにおける時間の堆積とは書き手の年齢の増加を意味する。つまり、書き手に老いが訪れる。そして老いへの言及は、ただ力の衰えとか病いの接近などとして捉えられるのではない。時には箴言に近い言葉としてノートのあちこちに顔を出す。

「人はある時から、老いれば老いるほど、子供時代に還っていく、という。これは本当のことだった」

「そうか、自分の生の根元は、こんなに不細工な仕組みだったのか、と改めて感心する」

「老いる、とは、子供時代の生を味わい直せ、ということだ」

中原中也のある詩について抱いていた疑問に触れた後、「よかった。長生きのおかげである。詩のこの第三聯は、丸ごと心から解った、という自信が長いこと無かった。ついにそこに達した」 「老いてみると、これまでいろいろ考えてきた物や事についての、思い方が変わってくる。新しい思いが生ずる、と言ってもよい」

ノートは続いていく。「『生』の日」を一日、一日と計りながら、新しいノートは書き継がれていく。それがまた、古いノートとなる日まで――。