天空の詩人 李白

陳 舜臣

定価(税別):1500円

天空の詩仙、地上の文仙

田中芳樹

 陳舜臣(以下、敬称略)は、一般に中国人作家と思われている。しかし国籍に関しては後年に日本に帰化しているし、精神的には逆に国籍や国境などにかかわりない国際人、世界人であった。いや、いっそ「地球人」と呼ぶべきかもしれない。「万邦和平」、「四海同胞」を理想とし、実践した人生であった。

 その地球人が最後に遺した未完の大業が、この『天空の詩人 李白』である。その執筆意図は、著者本人が冒頭部分に明記しているが、「……これからかきたい人物として、彼を心の中で温存していたのである。/なぜ李白に興味をもったのか?/彼はわからない人物だったからである」とある。

 もともと陳舜臣は、『枯草の根』によって江戸川乱歩賞を受賞し、推理小説家として、いわゆる文壇にデビューした。「わからない」から「興味をもつ」のは、当然のことであり、興味あるがゆえに謎を解明しようとするのは、自然なことであった。

 著者の筆は、李白の出自から始まり、ときとして「生年不詳」とされるその生年を、西暦七〇一年と確定する。さらに、当時の唐帝国の気風がボーダーレスであったことを述べ、「唐は内部にさまざまな問題をかかえていたが、境域を越えた世界帝国であった。そしてその時代を象徴する詩人が李白であったといえるだろう」と、ひとまず結論づける。「ひとまず」と記したのは、本書が未完に終わったため、もし完成を見たとき、最終的な結論がどのようになったか、何がつけ加えられたか、測り知れないからである。未完に終わったことは、真に惜しまれる。

 ひとまずの結論が出た後、著者は李白の詩を紹介しつつ、彼の生涯をたどっていくが、それは時制に沿ってではない。そもそも謎の多い人物なので、処女作がどれかもわかっていないのである。かくして著者の筆はのびやかに、著者自身の興味のおもむくまま、神韻縹渺たる作品の数々を訪ね歩いていく。著者は李白とともに豊饒な漢詩の世界を旅し、読者もそれにしたがって時空を超えた旅をつづけることになる。

 旅の最初の宿は「子夜呉歌」である。著者は「誰でも知っている詩」と記しているが、残念ながら漢文文化が絶滅寸前の今日にあっては、そのように断言はできない。だが、李白入門の第一歩としては、なおふさわしい。それも『唐詩選』にあげられた秋の詩からはじめるというのは、陳舜臣の、李白詩案内人としての自覚を証しているように思われる。

 戦後、とくに国交回復後の日中文化交流において、陳舜臣はつねに最先端の、しかも普遍的な嚮導役であり、後進にとっては仰ぎ視る巨星であった。『中国の歴史』や『小説十八史略』を読まずして、中国歴史小説を手がけた者がいるであろうか。陳舜臣の知識の膨大さはいまさら言及するまでもないが、文章の「読みやすさ」もまた確認しておきたい。

 秋の歌は「長安一片月」という不朽の名句から始まって、「良人罷遠征」に終わるが、六行の間に「擣衣」「玉關」「胡虜」等の語があって、これらを一読理解できる人は、今日きわめて少なかろう。だが、陳舜臣の記述を読めば理解できる。千三百年の昔の都市の風景と女性の心情とが、あざやかなイメージとなって読者の胸中によみがえるのだ。千三百年後の今日なお、「良人罷遠征」の句に共感する人は絶えない。昨今の不穏な世情にあってはなおさらであり、それをこそ普遍と称するのであろう。

 旅はつづき、「白髮三千丈」に達する。三千丈は約九キロの長さで、むろん現実に人間の髪がこの長さになることはありえない。この表現をもってして、「リアリズムの欠如」と評するのはまだしも、「だから中国人は大げさで噓つきだ」という者が実在するのは、文学的修辞や比喩を理解できない者が、みずから恥をさらしている、ということである。陳舜臣はつぎのように書く。

「ここで私たちは李白の視線が、遥かの高みから下界を見下ろすことを理解する」。「このとき白く光る長江の遠景はとうぜん細くなり、彼の白髪と、一瞬、合体したのだ」

 この記述は、評者(田中)に強いショックを与えた。蒙昧な評者は、「白髮三千丈」が修辞であることは理解できても、なぜ李白がそのような表現を用いたのか、「天才の業」としたのみで、それ以上、考えおよばなかったのである。そのことを読みやすく教えられてしまった。まさに赤面の至り。

 李白を訪ねる旅はなおもつづき、「誰家玉笛暗飛聲」、「螢飛秋窓滿」、「峨眉山⺼半輪秋」、「五陵年少金市東」……と、めくるめく名句を巡っていくが、ひとつひとつ説いていくには紙数がたりなすぎる。グスタフ・マーラーの交響曲「大地の歌」第四楽章が、李白作品のドイツ語訳から着想を得た、という第二のショックをもって、ひとまず『天空の詩人 李白』については語るのをやめよう。

 ただ、この書には大きな付録がついている。『澄懐集 甲子篇』と乙丑篇がそれであって、陳舜臣自身の創作になる漢詩集である。これには、あとがきがついており、活字でなく自筆のままおさめられているので、ひときわ親愛の情をもたらす。

「漢詩は平仄や韻など約束ごとが多いが(中略)自分の想いが、ふしぎなほどすなおに表現されてしまう」

 という一文が、まさしくすなおにうなずけるが、個人的には、世界各地を旅行したときに「偶成」された諸作が印象的であった。これは文字の魔術であって、「夕拉茲」、「貝多芬」などの漢字表現が愉しい、というレベルのものであり、読者はもっと高いレベルで愉しんでほしい。

 最後に。陳舜臣は自身を「文狂」と称している。だが不肖の後進からすれば、李白が「詩仙」なら陳舜臣は「文仙」であろう。