今夜はひとりぼっちかい? 日本文学盛衰史 戦後文学篇

高橋源一郎

定価(税別):2000円

文学の「言葉」の生まれる所

富岡幸一郎

『日本文学盛衰史』(二〇〇一年刊)は、石川啄木が伝言ダイヤルに熱中し、田山花袋がアダルトビデオを監督し、漱石といっしょに作家本人の「タカハシくん」が胃潰瘍になったりと、明治の文学史を題材にした破天荒でユニークな長編小説であった。『さようなら、ギャングたち』で八〇年代にデビューし、ポストモダンの旗手として作家は徹底して近代小説のスクラップをやってきたが、二十一世紀の入口に立ち、二葉亭四迷の翻訳日本語からの格闘を辿ることで、この作品は近代日本文学をもう一度ビルドさせようとの強烈な力業であった。

 さて、その「戦後文学篇」たる本作は「今夜はひとりぼっちかい?」とのタイトルであり、これは作中に登場するロック歌手・内田裕也が東京都知事選の政見放送で突然歌い出したエルビス・プレスリーの「Are You Lonesome Tonight?(今夜はひとりかい?)」からきている。英語で歌い有権者にテレビ画面から語りかける(沈黙もまじえた)その異様な「五分五十七秒」の放送を偶然目にした作家は、政見放送という常識をはるかにこえた内田のパフォーマンスに、その「イカれてる」言動に圧倒的な感銘を受け呆然となる。それは画面から巨大な「違和」が拳のようにこちら側へと突き出されているからだ。内田は「英語」で自分が「戦争」が起こした混乱のなかからやって来て、その「混乱」から「ロックンロールという物語」が生まれたことなどを語り続ける。

《おれは、内田裕也の「英語」の演説を聞きながら(これは、民主党大会におけるバラク・オバマの演説なんかより、ずっとすごいんだぜ!)、この「ロックンロール」とは「戦後文学」でもよかったのだ、と思った。それは、同じ成分で、できているのだ、と思った。このような同一性は、「ロックンロール」と「戦後文学」の他にも、あるのだ。そして、そのことは、おれたちが、ニッポン語でべらべらしゃべっている間には、わからないのである。そして、ここには、見習うべきなにかが、あると思ったのだ》

 文学史上の「戦後文学」とはいうまでもなく野間宏・武田泰淳・埴谷雄高・椎名麟三・大岡昇平・堀田善衞といった文学者たちであり、本書のプロローグに「全身小説家」として出てくる井上光晴などもその系譜を継ぐ。しかし一九四五年の敗戦後の文学ということでは太宰治はもとより、この作品でかなりの頁を割いて取りあげられている石坂洋次郎なども入るだろう。またこれも本作に登場する「戦後文学の精神」を「引き継いでいる作家ではないか」と著者が考える映画監督の宮崎駿の存在(宮崎監督と対面する場面がある)なども入る。つまり、『日本文学盛衰史 戦後文学篇』は狭義の第一次戦後派と括られる「戦後文学」ではなく、むしろ野間や武田らの戦後派作家が敗戦の廃墟のなかから牽引していった「戦後文学」の「精神」を巡る物語なのである。

 もちろん「精神」というと伝統や継承といった意味が生じ誤解を招く。作中の言葉でいえば、それはその時代の只中にある人間には意識化されえない「時代をひたしている大きな感情」と呼ぶべき「なにか」である。

 作家は、武田泰淳の『政治家の文章』という具体例を挙げながら、文学者である武田が「文学からはかけ離れているように見える『政治家の文章』について書くのも、なんの不思議もなかった」ことを指摘する。それは一人の小説家の言葉がその「時代をひたしている大きな感情」を共有し、そのことによってどんなに「私的」な物語(事柄)を語っても「公的」な文章たりえたからである。

 しかし、時代の推移と変化のなかで、この「公的」なものは変質し(消滅し)理解できないものになる。武田の短編「非革命者」に頻出する「革命」という言葉は今の若者にはまるで「わからない」。戦後文学はもはや理解不能な言葉になっているのか。

《そして、ぼくは、この「小説」の背景をまったく理解できない若者の「わからない」という読み方こそ、いちばん正確ではないかと思うのである。/「時代をひたしている大きな感情」の波が去り、そこには、岩が転がっている。それは、いまは「わからない」ものだ》

 しかし、この「わからない」もののなかにこそ「戦後文学」の、いや「文学」の出発点とも本質ともいえるものがあるのではないか。「わからない」を「抵抗」とか「違和」といいかえれば、それは近代文学の出発点に立ってロシア語と翻訳日本語の「違和」を覚え続けたあの二葉亭四迷の場所である。『日本文学盛衰史』で作家は『浮雲』の「内海文三」は「違和」の人であったと書いた。

《彼(文三)にもっともふさわしい場所、それは露西亜語原文と生硬な翻訳文の関係の中ではなかったか。その中でだけ彼は「違和」を生き延びることができた。逆にいうなら、文三が生き続けるためには、小説は生硬であり続けねばならなかった。二葉亭の「革命」が日本文学の「正統」に形を変え、自由な散文が洗練への道を歩み出した時、文三は死んだのである》(『日本文学盛衰史』「死んだ男」)

 この意味でいえば、「戦後文学」は時代的には一九七〇年代半ばをもって「死んだ」のであろう。八〇年代以降の言語空間は「わからない」ものを排除し、透明なニュートラルな世界へと傾向していった。情報革命がそれを先導していったのはいうまでもない。空間の膨大化は、しかし時間の感覚を奪う。そして言葉はそれ自体に時間を孕むものであり、文学が記号としてのコトバではなく時間としての言葉である以上、もう一度二葉亭のあるいは武田泰淳の立った場所に立つ他はない。この作品は、高橋源一郎という時代の先端を走ってきた小説家の、その「違和」の言葉としての文学への覚悟の書である。3・11以降にその「言葉」への意思は尖鋭化する。本書のエピローグ「なんでも政治的に受けとればいいというわけではない」は、その作家の意思による一編の「戦後文学」の結晶として読めるのである。