天路

リービ英雄

1870円(税込)

生と鎮魂と祈りの小説

岩川ありさ

著者の出世作は『サスペンス映画史』(みすず書房)だった。同書は、世間で既に「サスペンス映画」として認知された作品群を論じたものではなく、「サスペンス(宙吊り)」に「不自由の体験」を見出した上で、「不自由の体験」の組織化という観点から映画史全体を書き直す試みだった。その際、著者はまた、脱線を許されず、敷かれたレール上をひたすら進む他ないという「不自由の体験」が、書物にも当てはまるだろうことを仄めかしてもいた。
「自分の身体を実験台にして」書いたとされる本書で、著者自身である「私」の周囲に幾つもの「不自由の体験」が積極的に組織されることになるのは、したがって、必然だ。序盤では、「LA(ロサンゼルス)」での「生活」全般において「いろいろと日本の習慣が通じないことを痛感させられ」る様子が描かれる。「おいしいもの探し」が開始される中盤では、ジョナサン・ゴールドの著作など、様々な「食べたくなる本」(著者の「料理本批評」書〔みすず書房〕のタイトル)に導かれるかたちで「料理屋を巡礼する日々」が語られる。「私」の勤務する大学の「在外長期研究休暇制度」を利用したLA滞在が終わって「帰国」する終盤では、「日本の日常のあらゆるディテイルに、違和感と驚きとを覚えた」ことが綴られる。この最後の点は、著者の「サスペンス」論に従えば、「不自由の体験」それ自体ではなく、その効果として理解することも可能だ。「不自由の体験」を強いる「スペース」での滞在は、「日常」そのものに対する知覚も根底的に変容させてしまうというのが、三浦の議論だった。
 しかし、「私」及びそれに連座させられる我々読者に「不自由の体験」を本書全体を通じて突きつけ続ける最たる装置は、やはり、「私たち家族」なる主体の存在だろう。「まえがき」では、本書で語られるのは、「二〇一九年四月から二〇二〇年三月までの一年間」の「LA」での「生活」、とりわけ「食経験」を通して「私たち家族」が「別人になる」あるいは「生まれ変わる」物語だと予告される。そして、LA到着から始まる第一章では、その「私たち家族」は「私」、「妻」、「五歳になったばかりの娘・春香」、「二歳半になる息子・秋良」から成ることが示される。本書の主人公は「私たち家族」であることが宣言されるわけだ。しかし、そうであるにもかかわらず、著者の筆は、章が進むにつれて、「私」が「体験して考えた」ことへと集中してゆき、「妻」も「春香」も「秋良」も行外に弾き出されていってしまう。こうして、本書では、主人公であるはずの存在について何も知ることができないという「不自由の体験」が組織される。「私」が「USC(南カリフォルニア大学)」で「映画と牛の関係について」の講演をしている間、「私たち家族」の他の構成員はどう過ごし、何を食べていたのか。講演に専念する「私」にも、その再録全文を読まされる我々にも、まったくわからない。
 だからこそ、本書終盤での彼らの再登場はサプライズを伴うものとなる。LA滞在の「最後の数週間」を描く頁では、「テレビのNBAチャンネルをつけてレイカーズ戦かクリッパーズ戦を観賞しつつ、近所の行きつけの良心的なメキシコ食堂〔…〕からテイクアウトしてきたカルニータス・タコ〔…〕とビールを満喫」することが、「妻」にとって、「気兼ねなくリラックスする」と呼び得る行為の一つになっていたことが明かされる。いつどのように彼女は「大のレイカーズ・ファンになっ」たのか、カルニータス・タコと出会ったのか、NBAテレビ観戦とタコとビールとを組み合わせるに至ったのか。本書を織り成す文字の外で、「妻」は「別人になる」過程を独自に辿っていたのであり、その結果だけがこうして文字内に突如として与えられるのだ。
「春香」についても同じだ。第一章冒頭では、「成田から北京経由で十数時間のフライトを終えて」LAに到着した夜に「春香」が「空港内にあるセブン−イレブンの菓子パン」を口にした際の様子が次のように説明される。「春香は、菓子パンを一口かじるなり、まずい、と言ってそれ以上食べようとしない」。これに対して、最終章では、「栄養」や「食育」の観点から「望ましい食品」を彼女に食べさせようとした際の彼女の反応が次のように描写される。「すこしでも異物感があると、とたんに警戒心で身をこわばらせ、「ヤック!(おえー)」と言って、吐き出す。/ケチャップはそこで娘にとって頼みの綱というか、わけのわからない食べ物の異物感を中和し、喉を通るようにしてくれる何かであるようだった」。「まずい」から「ヤック!」へ。「それ以上食べようとしな」かったことから、「ケチャップ」によって「異物感を中和」させることへ。「春香」もまた「別人にな」っている。「私」について書き連ねられる文字列に我々の目が縛り付けられていたその最中に、「私」と我々の視界の外で、彼女もまた、独自に「LA」を生き、いつの間にか「生まれ変わ」っていたのだ。
 最も謎めいた存在は「秋良」だ。「セブン−イレブンの菓子パン」の件には、彼もそれを拒んだとの記述があるが、それ以後、彼については、「別人になる」過程はおろか、その結果すら語られない。しかし、「LA」の「魔法のような」「力」によって自己を「再発明」したのはあくまでも「私たち家族」だとされる以上、「秋良」もまた、その「身体」に何らかの新たな「襞」を「折り畳」んだに違いない。成長した彼が何かを「おいしい」と感じたとき、そこで「輝き出」しているのは彼自身の「LAフード」かもしれない。文字の外で、しかし、彼もまた、確かに「LA」を生きた。だからこそ、本書は「春香」と「秋良」に宛てられた次の一文で締め括られるのだ。「やがてこの本を読み、君たちがどんな場所にいたかを知る日が来たらとてもうれしい」。
(講談社刊・税込定価一八七〇円)

 様々な講演、対話、エッセイを収録した『バイリンガル・エキサイトメント』(岩波書店、二〇一九年)から二年を経て、いよいよ、リービ英雄の新しい小説が発表された。前作の題名にもなった「バイリンガル・エキサイトメント」とは、二言語以上の言葉に身をさらして文学を書くときに生じる「多言語的高揚感」を指す言葉。本作『天路』においては、その「多言語的高揚感」は、「トライリンガル」、もしくは、それ以上の多数の言語によってもたらされる。チベット高原を舞台にした日本語の小説であり、リービが『バイリンガル・エキサイトメント』で予告していた、日本語で書いた「チベット小説」が実現したということになるだろうか。漢民族の友人とともに、チベット高原をブルーバードで旅をする、「かれ」と呼ばれる視点人物は、「大陸」に魅了され、何度も訪れている。だが、今回の旅では母の死が深い影を落としている。だから、多くの言語が響きあう、「多言語的高揚感」をともないながらも、『天路』は、沈黙や言葉にできないでいることについての小説でもある。

 本作のはじめに収められた「高原の青い鳥」。「かれ」は、新宿から東京駅を経て、成田エクスプレスに乗り、成田空港から東方航空で上海へ旅立つ。さらに中国の国内便に乗り、山東省に住む漢民族の友人と合流するが、「日産」のBLUEBIRD(つまり、「青い鳥」)に乗って、チベット高原まで旅をするまえに、「領土問題」がふたりの旅に大きな重荷として立ちはだかる。「釣魚島」と「ウオツリジマ」という、ふたつの言葉で示される島の名前。二〇一二年九月に起きた尖閣諸島のうち三島の国有化をめぐる歴史的な問題と重なる場面だ。そこで、「かれ」が目にするのは、友人のブルーバードに貼りつけられた「愛国のスティッカー」である。日本車に乗っている人々への激しい暴行があったため、山東省に住む友人は、自分を守るために、「愛国のスティッカー」をブルーバードに貼りめぐらせているという。日本においても繰り返されるヘイト・スピーチやナショナリズムの高揚を思い出させ、中国と日本の現状が鏡あわせのようになってあらわれる場面でもある。だが、西へ西へと向かうと様子が変わりはじめる。「愛国のスティッカー」を貼った車はなくなってゆき、友人の車に貼られたスティッカーをふたりは剝がす。そのときの様子は次のように活写される。「「国家」を剝がされた車は、エンジンが勢いよく、青い鳥の元の軽みを取りもどしたように、空港の南方の、チベット高原に向ってすっと走り出した」。この言葉にたどり着き、読み手である私も、しばらくのあいだ、心が西の空へと飛び立つような気になる。

「天に近いチベット高原の道」のことを「ティエン・ルー」という普通話の響きで教えてくれた友人の言葉に、「かれ」は「天路」という漢字を思い浮かべる。西へ向かうにつれ、蔵文(チベット語)の音と文字の気配が濃くなる。死者を空に埋葬するsky burial(中国語で「天葬」、日本語で「鳥葬」)の儀式が行われる場所を訪れようとするとき、「かれ」の頭には、「天路」という古い日本語が浮かぶ。それを「かれ」は、かつて、“the path to heaven”と訳したことがあると思い出す。「ティエン・ルー」が「天路」という漢字に変換され、さらには、日本語の古い言葉である「天路」へ、そして、“the path to heaven”へと、ある言葉との出会いが、新しい世界を開き、記憶を呼び醒ます。このような言語の運動が、『天路』のどの小説にも見出せる。

 次に収められた「西の蔵の声」では、母の「不在」の気配が濃くなる。語りの現在時から二年前、ワシントンの郊外の老人ホームへとたどり着いたときの回想。「かれ」は、山東省の友人に電話をかける。そのときに、「ママは」と「かれ」は話しはじめるが、黙り込んだのちに友人が発したのが、「不在?」という問いかけだった。「かれ」は、「ママは」のあとに続く言葉を失っている。その「かれ」に訪れた「不在」という言葉。それは、日本語でも、英語でもない言葉が、不意に真実を言いあてるような瞬間である。その二年後である現在時に、黄帽派六大名刹のひとつである大寺院の境内に建つ回廊で、蔵民(チベット人)にまざりながら、「かれ」は、ガイドブックに書かれていた有名な真言を唱えはじめる。ガイドブックに書かれた英語の訳文から、自ら翻訳した日本語の「蓮華に入った宝石、敬礼!」という言葉が、口をついて出る。日本語でも、中国語でも、蔵文でもない真言と、「奇妙な翻訳文」は、まるで、この世とあの世のはざまに誘うようだ。読み手である私も、危うく、生と死のはざまに陥ってしまいそうになる。友人がそっと「かれ」の肩をたたく場面で、ようやく、祈りの言葉とは、死者へと無心に向けられながらも、生者のためにもある、「間」の言葉、あるいは言葉ならざる言葉なのだと気がつく。あなたに会いたい。けれども、もう、それはできない。そのときになって、人は祈りはじめる。でも、どんな言葉で?

 次の「文字の高原」においても、母の「不在」の気配は濃くなる。夢の中で、妹が、「Your mother」と「かれ」に呼びかける。その「残響」に続く言葉を、「かれ」がはっきりと聴いてしまっては、母の不在は確かになる。それをなんとか回避しようとする言葉のやりとり。英語、日本語、中国語と転じながらも、「Your mother」のあとに続く言葉は不在のままだ。そして、その不在にこそ、喪失への畏れと存在の重みがある。最後に収められた「A child is born」では、母の記憶が一気によみがえる。子どもが生まれ、生まれたと同時に生まれ変わる「在と不在の連続」。「ダンシルママ」(「共産党はママです」)という友人の言葉から、キリストの誕生を祝ったクリスマス曲の歌声を経て、「A child is born」という言葉は、「在と不在の連続」、人の生まれ変わる様を指す言葉へと意味を変えてゆく。生と鎮魂と祈りに満ちたこの小説の道程を一緒に旅してほしい。