近代を彫刻/超克する   小田原のどか
この国のかたち――小田原のどか著『近代を彫刻/超克する』が照らしだすもの   評者:山本浩貴

 およそ近代以降に成立したあらゆる国家のうち、(さまざまな意味や位相において)歪んだ、歪なかたちをしていないものを想像することは困難である。それらは近代を特徴付ける帝国主義と(その鬼子としての)植民地主義の暴力的プロセスの直中で形成されたポストインペリアル/ポストコロニアルな産物であり、それゆえ、理不尽で凄惨な暴力を行使した側にとっても、された側にとっても、それぞれの国のかたちに不均衡な歪みが発生することは理の当然である。もちろん、この国も例外ではない。「彫刻」という芸術ジャンルを主題に据えて本邦の近代史を眺め直すことで、戦後日本がその内部にはらんできた歪み、そして、その歪みが塑造した歪なかたちが浮き彫りになってくる─小田原のどかによる最初の単著『近代を彫刻/超克する』は、日本を中心とした近現代彫刻史における具体的な事件や作品を例として取り上げながら、そのことを私たちに示す。  この国が内包してきた歪みは、まだほとんど手つかず、つまりは本質的に未解決のまま残されてきた。「本質的に未解決」であるとは、そうした歪みを作り出している構造が温存されてきたことを意味する。そうした構造を暴き出すことにテキストを通じた介入の可能性が生まれ、ここに本書の現代的意義を見いだすことができる。そうした歪みを考えることは、現在の日本が抱える諸々の問題を考えることに直結しているのだ。その証左に、小田原は『近代を彫刻/超克する』のなかで、戦時中や戦後初期の事例だけではなく、現代日本を舞台として展開された「彫刻を取り巻く困難」にも言及を加えている。そのひとつが、いまだに(現代美術に関心のある)多くの人々の記憶に新しいであろう、2018年の福島市に出現した《サン・チャイルド》をめぐる一連の論争である。すなわち、これはわずか数年前に本邦で実際に起こった出来事ということになる。 《サン・チャイルド》は、現代日本美術を代表する彫刻家・アーティストのヤノベケンジが東日本大震災をきっかけとして制作を開始した、高さ六・二メートルの大型彫刻である。小田原によれば、その作品には「同じ造形、サイズのものが三体あり、そのうち一体は一二年から作家の出身地である大阪府の南茨木駅前広場に恒久設置されている」という。しかし、この像(のひとつ)が、2018年9月、福島市の文化施設「福島市子どもの夢を育む施設こむこむ」前に設置されると、それとほぼ同時に、その「痛々しい顔の傷、放射線防護服のような衣装、そして胸のカウンターが示す『000』の数値」などが問題視され、国内外のメディア、地域の人々、一般市民からの大量の批判にさらされることとなった。その結果、除幕から1週間も経たないうちに、ヤノベは「一部の方々に不愉快な思いをさせてしまったことについて」謝罪のコメントを発表し、さらにそれから1ヵ月ほどのちには、「こむこむ」前の《サン・チャイルド》が解体・撤去された。 《サン・チャイルド》はそれまでに、いくつかの国内外のビエンナーレ(国際芸術祭)などに出品されてきたが、周囲にほかの美術作品が置かれていない場所に展示されたのは、このときがはじめてであった。すなわち、福島の《サン・チャイルド》が設置された場は、きわめて公共性の強い空間であったと言える。ヤノベは、放射性物質の漏出を伴った1991年の美浜発電所での事故以来、自らの制作を通じて放射能の問題に真剣に取り組んできた作家であるが、「『こむこむ』前で作品を見る人は、作家の過去の取り組みを知るよしもない」。こうしたことから、小田原は本件を「公共」という問題に接続する。すなわち、「公共空間に置かれた作品は美術館や芸術祭とは異なり、造形表現に込められた暗喩や明喩をめぐる約束事を共有した者ばかりが見るわけではない」。 《サン・チャイルド》の件以外にもたくさんの事例を紹介しながら、小田原が本書の随所で指摘するように、彫刻は公共空間との結びつきが強い芸術ジャンルである(「『公共絵画』とも、『公共工芸』とも、『公共写真』とも人は言わない。しかし、『公共彫刻』と人は言うのである」)。それゆえ、ブラック・ライヴズ・マター(BLM)や#Me Tooムーブメントといった近年のグローバルな政治運動に端を発し、世界各地の公共空間でなされた彫像の建造や(反対に)引き倒しの動きも本書の分析の対象となっている。『近代を彫刻/超克する』がその主要な目的のひとつとして掲げる、「公共彫刻を「公共」という概念を探るための手立てに」することは、こうした分析においても貫かれている。  美術展という枠組みのなかで展示された彫刻作品ではあったが、「公共」という概念をめぐって日本で激しい論争を巻き起こしたもうひとつの事例が、韓国のキム・ソギョンとキム・ウンソン夫妻の手で制作された《平和の少女像》である。これまた私たちの多くの記憶のなかにまだ生々しく残っているであろう、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の一企画「表現の不自由展・その後」での出来事だ。この出来事についても、小田原はそれを表現、アート、キュレーションの問題のみに矮小化するのではなく、戦争や植民地支配の歴史に関する本邦の戦後教育を含む、この国のかたちを映し出す鏡としての彫刻と社会の交わりという観点から広く考察することを提言する。  アメリカやドイツでも、公共空間に設置された大型彫刻をめぐって政治的な論争や反対運動が起こってきた。『近代を彫刻/超克する』では、リチャード・セラの《傾いた弧》(ニューヨーク市)やジョージ・リッキーの《三枚の正方形》(ミュンスター市)をめぐる論争やその顚末が、鋭い分析を交えて語られている。その詳細はここでは省くが、反省的な熟議と対話のプロセスを経て、いずれのケースも両国の「公共空間の彫刻を考えるうえでのターニングポイントとなった」ことは重要な事実である。《サン・チャイルド》をめぐる騒乱においても、《平和の少女像》をめぐる騒乱においても、多様な視点から互いに襟を開いて率直に異なる意見─他者の実存を否定するようなヘイトスピーチが正当な「意見」として認められないことは言うまでもない─をぶつけ合い、ベターな合意を探っていくための民主主義的で成熟した議論が十分になされてきたとは言いがたい。それゆえ、これらの問題を、今後、いかにしてより開かれた公的プロセスを実装した、討議のためのプラットフォームの構築につなげていけるのか─その行く末が問われていくだろう。そして、小田原の新著が、そうした目的のために必要な、たくさんの思考の糧を未来に向けて解き放つことは間違いない。  とりわけ《平和の少女像》をめぐって引き起こされた一連の事件は、ジェンダーにまつわる根深い問題をはらんでいる。このことは、『近代を彫刻/超克する』の第1章・第5節「空の台座と女性像」において中心的に論じられる、敗戦後に目立つようになった女性裸体像の濫造という現象との歴史的連続性が見られる。戦時中は金属資源の回収のため、戦後は占領軍による統制のため、軍神や将軍を模した銅像は急速に日本から姿を消していった。その代わりに各地に出現したのは、平和のシンボルという(強いられた)役割を(一方的に)担わされた無数の女性裸体像であった。この現象には、女性性にまつわる神話や「母性」なる虚構とも親和性の強い、ジェンダー・バイアスのかかったステレオタイプがへばりついているが、小田原は本邦における彫刻教育の問題点も指摘する─「この国において彫刻を学ぶこととは、裸の女の像をうまくつくる技術を習得することに等しいと言っても過言ではない」、と。この指摘は、近年さまざまな領域(社会学、文化政策、教育学、ジェンダー・スタディーズなど)から問題提起がなされ、さかんな議論が重ねられつつある、現在の美術教育におけるジェンダーにまつわる諸問題とも深く関与している。ここにも、『近代を彫刻/超克する』が含みもつ射程の長さ、その幅広い現代的アクチュアリティの一端が確認できる。  小田原はあとがきのなかで、「彫刻を『思想的課題』として提示することを目論んだため」、『近代を彫刻/超克する』では「彫刻という存在を、美術史や美術批評の埒外に置きたいと考えた」と告白している。その目論見が、一定以上、達成されていることに異論の余地はない。だがしかし、「彫刻」という芸術ジャンルをメインテーマにしている以上、同書が美術史や芸術論の研究として読まれることは避けられないであろう。  そこで、ここではこの本の美術史的な意義も考えてみたい。そのためには、あえて著書の意図に反するかたちで、「彫刻」という芸術ジャンルを、美術史や美術批評の「埒内」に置き直し、その特異な位置付けを前景化させる必要がある。美術史家の北澤憲昭らの調査に詳しいが、「美術」という言葉は、万国博覧会の開催などを背景として、明治期の日本で誕生した比較的新しいものである。この言葉の登場とほぼ時を同じくして、「芸術」の領域において視覚を優位とするヒエラルキーが生まれ、視覚と結びつきの強固な「絵画」がその頂点に立った。同時に、同じ力学の反作用として、触覚を重視する「工芸」は、「芸術」の領域からつまはじきにされることとなった。こうして、「芸術」において、「絵画」の中心化と、「工芸」の周縁化が同時に発生した。 「彫刻」は、「芸術」の領域のなかで、この─すなわち「絵画」と「工芸」の─中間地帯に位置する。その「in-betweenness」ゆえに、研究者にとって、「彫刻」はきわめて「elusiveな」存在となっている。そのことが、日本における近現代彫刻史の際立った空白を生み出してきた主要な原因ではないか─私はそのように考えている。そうした意味でも、小田原の新著は、美術史・芸術論のブラインドスポットを埋める、このうえなく重要な著作として輝きを放っている。  小田原のどか著『近代を彫刻/超克する』を通読し終えて、私は一抹の清涼感と同時に、ぬぐいがたい疲労感(とはいえ、それは不快な感覚ではなかったが)を覚えた。この本は超長編というほどの長さではない。また、そこで展開されている議論はけっして単純なものではないが、その明快な論旨運びゆえに、読者を置き去りにすることもない。しかも、これは小田原の生まれもった才能(のひとつ)ではないかと以前から考えているのだが、同書は読む者の心をぐっとつかんで離さないような、「読ませる文体」に仕上がっている。では、そうしたことにもかかわらず、読後の際立ったエネルギー消費感はどこからやってきたのだろうか。それは、『近代を彫刻/超克する』の執筆を通して、小田原がなにか「パンドラの箱」のようなものを開けてしまったのではないか、という予感だ。その予感は、本文を読み進めていくうち、確信に近いものに変わっていった。  小田原が同書で克明に描き出したこの国のかたちにひそむ歪みは、ジェンダー、教育、民主主義などに関係する、本邦が抱える多くの重要問題の根っこに存在しているものであろう。(繰り返すと)小田原自身は「彫刻という存在を、美術史や美術批評の埒外に置きたい」と言うが、それが「彫刻」という芸術の一ジャンル(とされているもの)を主題としているのであるから、私自身を含む美術史家・文化研究者は誰もが本書が提起する「思想的課題」を無視することはできない(その規格外の大きさにひるんで、見て見ぬ振りをすることはできるかもしれないが)。  そして、最後になるが、このパンドラの箱をいったん開いてしまった以上、自身もあとがきで決意を新たにしているように(「これからもわたしは言葉を尽くしたい」)、今後、小田原には、そこから無数に派生するさまざまな問題(「思想的課題」)にひとつひとつ取り組む重責が課されてくるだろう─同世代のもっとも信頼に足る書き手の一人である(と私が信じる)著者にそう告げて、本稿を閉じたい。とはいえ、そのことはなによりも本人が一番自覚しているだろう。ゆえに、このように述べることを、友人に向けた単なる「エール」にとどめておくつもりは毛頭ない。そうした思想的課題への取り組みのため、私もできるかぎりのことをしよう。
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ハロー、ユーラシア 21世紀「中華」圏の政治思想   福嶋亮大
鏡の国々のユーラシア   評者:木澤佐登志

 カエルのペペというミームがある。元はアーティストのマット・フューリーが生み出した漫画キャラクターで、その名の通りカエルを擬人化させたブサイクで愛らしいキャラクターだった。だが、ペペはインターネットの匿名掲示板4chanにおいてインターネット・ミームとして流行し、やがてそれは独り歩きをはじめた。ペペのミームは怒りやヘイトを伴う投稿にも用いられ、遂には後の大統領、ドナルド・トランプがツイッター上で自身の髪型を模したペペのイラストをリツイートするに至り、カエルのペペはオルタナ右翼の公式マスコットキャラクターと化した。二〇一六年、カエルのペペは名誉毀損防止同盟(通称ADL)によってヘイトシンボルに認定された─。  以上のエピソードが本書とどのような関係にあるのか、訝しむ向きもあるかもしれない。実はこのカエルのペペ、二〇一九年の香港における民主化運動のシンボルになっていたのである。逃亡犯条例の改正に端を発するこの運動は、「普通選挙の実現」を含む五大要求を掲げた大規模なデモへと発展していた。そしてカエルのペペは、「自由」と「希望」の象徴として、香港のデモ隊と路上を彩ったのだ。  この、一見すると不可解なペペの「転生」について、メディアは概ね肯定的に捉えているようだ。ペペのドキュメンタリー映画『フィールズ・グッド・マン』も、この「ヘイト」から「自由」と「民主化への希望」への劇的な(?)変貌を、オルタナ右翼からのペペの奪回として描き、ペペの生みの親マットは「ペペにも再び変われる可能性がある」と笑顔でコメントした。  筆者としては、そうした事実があることに興味を惹かれながらも、香港でのペペの「転生」に対して、どこか腑に落ちない部分があったことも告白しておかなければならない。そんなわけで、ペペの「転生」エピソードは、魚の小骨のように筆者の喉に刺さり続けていたのであるが、本書を読んで、ようやく長年の疑問が氷解したような気持ちになれた。  本書の中で福嶋は、香港の民主化運動の中心にあるのは「本土主義」、すなわち香港の利益を第一として、香港独自の価値(法治と自由)を守り、中国からの干渉に対して防衛線を張ろうとする考え方である、と指摘する。一九七〇年頃から徐々に醸成されてきた、自分の故郷としての本土の意識は、二〇一九年の反送中運動において香港内部のセクショナリズムを解消し、香港を本土主義の下でひとつに統一させた。本土主義の高まりの背景には、中国の政治的な圧力のみならず、悪質な中国人観光客の増加や、香港住民になる権利を得るために大陸から大挙して押し寄せてくる「新中国人」の存在があるという。新住民に抵抗する文化防衛を唱える本土主義には、香港を中国大陸から切り離す分離主義を唱導する、極めてナショナリスティックなイデオロギーとしての側面がある。  香港で起っていることは、見かけよりもずっとややこしいのである。福嶋は、「日本のリベラルは香港の市民的不服従を礼賛するわりに、中国との分離を訴える右翼的な本土主義には目をつぶっている」と舌鋒鋭く指摘する。福嶋によれば、香港の本土主義者たちは、エリート的なリベラル左翼の偽善と道徳主義を唾棄し、エスタブリッシュメントに喧嘩を売り、中国の危険性を訴えるドナルド・トランプを自分たちの代弁者として担ぎ上げた、という。以上の記述を読んで、香港のデモで掲げられるカエルのペペの相貌が、どこか変容して見えてきた。そして、なぜ彼らがカエルのペペをこそ自分たちの運動のシンボルに選んだのか、その核心部分を垣間見た気がした。  福嶋は、右派/左派(あるいはリベラル)といった区分に雑に還元して良しとするのでなく、香港を含めた東アジア情勢の複雑な襞を丁寧に腑分けしていく作業のなかで、個々のイデオロギーを支える核に迫ろうとする。その手付きは間違いなく信頼できるものだ。  二一世紀に入って、地政学的な「空間」という観念がますます大きく浮上してきているように思う。たとえば、EUからイグジットした現在のイギリスにおいて、保守系論者の一角で唱えられている「アングロスフィア」なるイデオロギー。これは、カナダやオーストラリア、ニュージーランドといった、世界に散らばるかつてのイギリスの「移住植民地」や「ドミニオン」と呼ばれた国々との一層緊密な統合を訴える構想である(当然そこには香港も含まれるだろう)。この「帝国2・0」の構想は、すでに失われた大英帝国へのノスタルジーを未来への駆動力としているという点で、時間錯誤的であり倒錯的である。他にも、ロシアではドゥーギンを宗主とする新ユーラシア主義が勃興し、その脇には正教の復活を背景とするロシア宇宙主義の亡霊が漂っている。現代中国が推し進める天下主義や一帯一路構想─新しいシルクロードという物質主義的なユートピア─に象徴される地政学的イデオロギーの隆盛は、イギリスのアングロスフィアやロシアの新ユーラシア主義などとパラレルな現象として捉えることができる。だがそれだけではない。福嶋によれば、こうしたユートピア的なプロジェクトは、一九三〇年代以降の日本、すなわち大東亜共栄圏の記憶をも鏡のように映し出しているのだ。中国の「分身」としての日本。ユーラシアへの眼差しが、日本の過去(そして現在)を照らし出す、そのような惑星的な視座を本書は提示している。  中国の鏡としての香港(天下主義と本土主義)、そして日本の鏡としての中国(大東亜共栄圏と天下主義)。大国は空間を志向し、片やロシア宇宙主義と劉慈欣『三体』は宇宙を夢想する。複数の鏡(の国)と複数のスペース(そこには往々にして集合的記憶という名の亡霊が徘徊している)が混在しながら乱立する、ユーラシアという時間と空間の蝶番が外れた魔境を散策する上で、本書は優れた手引きとなってくれることだろう。
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LAフード・ダイアリー   三浦哲哉
コカ・コーラ従業員の子に生まれ   評者:廣瀬 純

著者の出世作は『サスペンス映画史』(みすず書房)だった。同書は、世間で既に「サスペンス映画」として認知された作品群を論じたものではなく、「サスペンス(宙吊り)」に「不自由の体験」を見出した上で、「不自由の体験」の組織化という観点から映画史全体を書き直す試みだった。その際、著者はまた、脱線を許されず、敷かれたレール上をひたすら進む他ないという「不自由の体験」が、書物にも当てはまるだろうことを仄めかしてもいた。 「自分の身体を実験台にして」書いたとされる本書で、著者自身である「私」の周囲に幾つもの「不自由の体験」が積極的に組織されることになるのは、したがって、必然だ。序盤では、「LA(ロサンゼルス)」での「生活」全般において「いろいろと日本の習慣が通じないことを痛感させられ」る様子が描かれる。「おいしいもの探し」が開始される中盤では、ジョナサン・ゴールドの著作など、様々な「食べたくなる本」(著者の「料理本批評」書〔みすず書房〕のタイトル)に導かれるかたちで「料理屋を巡礼する日々」が語られる。「私」の勤務する大学の「在外長期研究休暇制度」を利用したLA滞在が終わって「帰国」する終盤では、「日本の日常のあらゆるディテイルに、違和感と驚きとを覚えた」ことが綴られる。この最後の点は、著者の「サスペンス」論に従えば、「不自由の体験」それ自体ではなく、その効果として理解することも可能だ。「不自由の体験」を強いる「スペース」での滞在は、「日常」そのものに対する知覚も根底的に変容させてしまうというのが、三浦の議論だった。  しかし、「私」及びそれに連座させられる我々読者に「不自由の体験」を本書全体を通じて突きつけ続ける最たる装置は、やはり、「私たち家族」なる主体の存在だろう。「まえがき」では、本書で語られるのは、「二〇一九年四月から二〇二〇年三月までの一年間」の「LA」での「生活」、とりわけ「食経験」を通して「私たち家族」が「別人になる」あるいは「生まれ変わる」物語だと予告される。そして、LA到着から始まる第一章では、その「私たち家族」は「私」、「妻」、「五歳になったばかりの娘・春香」、「二歳半になる息子・秋良」から成ることが示される。本書の主人公は「私たち家族」であることが宣言されるわけだ。しかし、そうであるにもかかわらず、著者の筆は、章が進むにつれて、「私」が「体験して考えた」ことへと集中してゆき、「妻」も「春香」も「秋良」も行外に弾き出されていってしまう。こうして、本書では、主人公であるはずの存在について何も知ることができないという「不自由の体験」が組織される。「私」が「USC(南カリフォルニア大学)」で「映画と牛の関係について」の講演をしている間、「私たち家族」の他の構成員はどう過ごし、何を食べていたのか。講演に専念する「私」にも、その再録全文を読まされる我々にも、まったくわからない。  だからこそ、本書終盤での彼らの再登場はサプライズを伴うものとなる。LA滞在の「最後の数週間」を描く頁では、「テレビのNBAチャンネルをつけてレイカーズ戦かクリッパーズ戦を観賞しつつ、近所の行きつけの良心的なメキシコ食堂〔…〕からテイクアウトしてきたカルニータス・タコ〔…〕とビールを満喫」することが、「妻」にとって、「気兼ねなくリラックスする」と呼び得る行為の一つになっていたことが明かされる。いつどのように彼女は「大のレイカーズ・ファンになっ」たのか、カルニータス・タコと出会ったのか、NBAテレビ観戦とタコとビールとを組み合わせるに至ったのか。本書を織り成す文字の外で、「妻」は「別人になる」過程を独自に辿っていたのであり、その結果だけがこうして文字内に突如として与えられるのだ。 「春香」についても同じだ。第一章冒頭では、「成田から北京経由で十数時間のフライトを終えて」LAに到着した夜に「春香」が「空港内にあるセブン−イレブンの菓子パン」を口にした際の様子が次のように説明される。「春香は、菓子パンを一口かじるなり、まずい、と言ってそれ以上食べようとしない」。これに対して、最終章では、「栄養」や「食育」の観点から「望ましい食品」を彼女に食べさせようとした際の彼女の反応が次のように描写される。「すこしでも異物感があると、とたんに警戒心で身をこわばらせ、「ヤック!(おえー)」と言って、吐き出す。/ケチャップはそこで娘にとって頼みの綱というか、わけのわからない食べ物の異物感を中和し、喉を通るようにしてくれる何かであるようだった」。「まずい」から「ヤック!」へ。「それ以上食べようとしな」かったことから、「ケチャップ」によって「異物感を中和」させることへ。「春香」もまた「別人にな」っている。「私」について書き連ねられる文字列に我々の目が縛り付けられていたその最中に、「私」と我々の視界の外で、彼女もまた、独自に「LA」を生き、いつの間にか「生まれ変わ」っていたのだ。  最も謎めいた存在は「秋良」だ。「セブン−イレブンの菓子パン」の件には、彼もそれを拒んだとの記述があるが、それ以後、彼については、「別人になる」過程はおろか、その結果すら語られない。しかし、「LA」の「魔法のような」「力」によって自己を「再発明」したのはあくまでも「私たち家族」だとされる以上、「秋良」もまた、その「身体」に何らかの新たな「襞」を「折り畳」んだに違いない。成長した彼が何かを「おいしい」と感じたとき、そこで「輝き出」しているのは彼自身の「LAフード」かもしれない。文字の外で、しかし、彼もまた、確かに「LA」を生きた。だからこそ、本書は「春香」と「秋良」に宛てられた次の一文で締め括られるのだ。「やがてこの本を読み、君たちがどんな場所にいたかを知る日が来たらとてもうれしい」。
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旅する練習

評者:金子由里奈

それを小説と呼ぶ

評者:古谷利裕

完全犯罪の恋

評者:紗倉まな